鳥谷とショートを争う藤本敦士の実家にまで嫌がらせ
好調・阪神をけん引してきた大物新人・佐藤輝明外野手がもがき苦しんでいる。
8月19日に球団新人最多の23号本塁打をマークした後は打棒が急降下し、9月10日には初の二軍落ち。一軍再昇格後も不振は続き、5日のDeNA戦(横浜)で、連続無安打のリーグワースト記録を「59」で止める右前適時打を放ち、ようやく安心かと思われたが、再びスタメン落ちするなど精彩を欠いている。
佐藤については球界内から「打てなくてもスタメン」「二軍で再調整すべき」の論争が発生。ファンの間からは「注目されすぎてかわいそう」の同情論が多いそうだが、この程度なら序の口だろう。
ひと昔前の2003年ドラフト1位で関東出身、早大から鳴り物入りで入団した鳥谷敬内野手(現ロッテ)の1年目はもっと“大変”だった。
今さら説明するまでもなく、名球会入りも果たしている“虎のレジェンドOB”鳥谷。04年新人イヤーで迎えた春季キャンプでは前年の優勝で打率3割1厘をマークし正遊撃手となった藤本敦士(現阪神内野守備走塁コーチ)とのレギュラー争いが一番の見どころとなった。
即戦力の大型内野手という期待から多くのファン、メディアが殺到する…のはよくある話だが、鳥谷の場合、レベルが違った。熱狂的な「鳥谷信者」とみられる一部ファンがグラウンド外で“暴走”。何と藤本の実家が営む兵庫県明石市の焼き鳥店に「鳥谷が入団してざまあみろ」から、とても言葉にはできない誹謗中傷や過激な脅し文句の手紙を送り、警察沙汰にまで発展する騒動を起こしていたのだ。
ささやかれた球団と鳥谷の「密約説」
昨今ではSNSでの中傷が社会問題となっているが、当時は激励も含めてまだ手紙が主流だった。そんな中、藤本家に差出人不明の手紙の数々が届くようになったのは鳥谷が入団した前後。消印は東京・世田谷区などを中心とした首都圏だったという。
この事態に藤本家は知人の市会議員と善後策を協議し、警察に相談。当時の藤本は「なんで僕じゃなく、親父の方にそんな手紙が届くのかわからない。トリ(鳥谷)とも普通に接しているのに、いやな話」と不快感を募らせていたが、一方の鳥谷にとっても迷惑以外の何物でもなく、母親の明美さんも「藤本選手のご両親に申し訳ない気持ちでいっぱいです」と訴えていた。
この“脅迫騒動”は鳥谷の公式戦デビュー前のこと。まだ打席にも入ってない段階で、ひいきの引き倒しとはまさにこのことだろうが、鳥谷はこの後、グラウンド内でも他ナインからの「ひいき」の声に悩まされる。
当時の岡田彰布監督は母校・早大の大先輩で就任1年目。そのため“色目”で見られることが多かったのだ。
元々、岡田監督は鳥谷について「最初から新人とは思っていない」と評し、紅白戦、オープン戦でライバルの藤本より成績が下でも「数字だけでは判断しない」との理由で4月2日の巨人との開幕戦(東京ドーム)で「7番・遊撃」に抜擢した。
この決断にはナインの間から「えこひいきやないか。おかしい」の不満の声が噴出。岡田監督が首脳陣ミーティングの場でコーチたちに「お前ら、鳥谷を壊したら責任取ってユニホーム脱げよ」など通告していたことも露呈し、火に油を注ぐ格好となった。
そしてチーム内には「やはり“アレ”があったからか…」との指摘も…。“アレ”とは当時、自由枠での獲得を目指す中で阪神と早大・鳥谷側とで交わされたとされる「密約説」。阪神側が鳥谷の開幕スタメンを保証し、最低30試合の起用を確約するという内容で、スカウトの間ではまことしやかにささやかれていた。
当時のドラフトは逆指名や自由獲得枠を導入してから「無法地帯」と化し、裏金は公然の秘密で起用に関するサイドレターも珍しくなかった(後に阪神、早大ともこの説を否定)。
様々な苦難を乗り越えて一流選手となった鳥谷
鳥谷はこのような“捉えられ方”の中、1年目は自らの二軍志願を経て101試合出場、打率2割5分1厘、3本塁打、17打点と苦しんだ。
しかし、アテネ五輪に出場した藤本がその後不振に陥ったこともあり、次第にスタメン出場の機会を増やし、翌05年は正遊撃手として優勝に貢献。そのまま一流選手への足がかりをつくっていった。岡田監督の物議を呼んだ起用も今では間違いではなかったし、その期待に応えた鳥谷も大したものだった。
それを思えば…。渦中の佐藤は今回の不振に「プロ野球は難しいなとすごく思いました」と怪物らしからぬ本音を漏らしていたが、くしくも鳥谷も同じように「プロ野球に慣れるのは簡単じゃない。プロはいろんな意味で大変」と1年目に話していたのを思い出す。
ともに期待の大きいドラ1同士。佐藤も鳥谷に負けじと様々な“重圧”に打ち勝ってもらいたい。
《ライタープロフィール》
岩崎正範(いわさき・まさのり)京都生まれ。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社に勤務。プロ野球の阪神タイガースを中心に読売ジャイアンツ、オリックスバファローズ、ニューヨークヤンキースなどを取材。現在はフリーライター。
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