史上最長6時間26分の「伝説のゲーム」
16年ぶりのリーグ制覇に燃える阪神が首位・ヤクルトと熾烈なマッチレースを展開している。相手が燕といえば1992年9月11日、甲子園での“八木の幻の本塁打騒動”を忘れてはならない。
低迷期の真っただ中だったこの年は亀山努、新庄剛志ら若トラが台頭、旋風を巻き起こした。例年苦しんでいた8月の長期遠征を10勝6敗と10年ぶりに勝ち越すと、勝負の9月は9日から引き分けを挟む6年ぶりの7連勝、13日には念願の首位に立った。
1985年以来の優勝に向けて一気に加速する中、7連勝の間の延長引き分け試合がこの11日の首位攻防・ヤクルト戦だ。今もファンの間で語り継がれ、いまだNPB史上最長6時間26分の「伝説のゲーム」を改めて振り返っておこう。
八木裕の本塁打が一転、二塁打に
3対3で迎えた9回裏2死一塁だった。阪神の八木裕がフルカウントから左翼方向に大飛球を放ちスタンドインした。二塁塁審・平光審判員の右手がぐるぐると回り、阪神の劇的サヨナラ勝ち。八木は万歳してホームインし、ベンチにいたナインらとお祭り騒ぎとなった。
ところが、この判定にヤクルトの野村克也監督が猛抗議。「フェンスのラバー上部に当たってのスタンドインでありエンタイトルの二塁打」と判定が覆ったのだ。と、なると今度は阪神の中村勝広監督が顔を真っ赤にして猛抗議を展開する。
「手をまわした時点でホームランだし、ゲームセットだろう!一番近いところでジャッジした人間の判定がなぜ簡単に覆るんだ。話にならない、こんなの前代未聞だ!」
試合は37分間も中断し、没収試合寸前。平光審判員は自らの誤審を認め、その年限りで責任を取って審判を辞めることを引き換えに試合再開を要請した。それでも中村監督は頑として応じず。最後は阪神の三好球団社長が指揮官を説得し、提訴試合を条件にしぶしぶ2死二、三塁で再開した。
しかし、試合は両軍とも20人ずつの選手が出場する死闘で、阪神は19、ヤクルトは13と残塁の山を築きその後は得点できず。結局、延長15回3対3のまま試合は日付をまたいだ深夜0時26分に終了した。
試合後は大パニック!逮捕者に白タク、ナンパ続出
当然、リクエスト制度のない時代。これだけでも“大変で長い1日”だったことがわかる。だが、大事なサヨナラ勝利が審判の誤審で「幻」にされたとあってはそのまま帰れるはずがない。
中断前に勝利を確信し、万歳三唱を繰り返していた阪神ファンが怒ってグラウンドに乱入し、球団職員に暴行した疑いで1人が逮捕、2人が禁止場所立ち入りの軽犯罪法違反の容疑で取り調べを受ける事態に発展した。本当に家に帰れない状況で「こんなことは阪神が優勝した昭和60年以来」と甲子園警察の署員も必死だった。
また、球場外のパニックぶりもすごかった。深夜の帰宅で交通手段を失った多くのファンが路頭に迷っていた。今で言う“帰宅難民”か。配置されている通常のタクシーだけでは当然足りず、この事態に“便乗”した営業無許可の白タクまで続々登場する始末だった。
そして極めつけは「よかったら俺の車に乗らない?」「自宅まで送ってあげるよ」と何とナンパ目的の車も“来襲”し、周囲の道路は大渋滞。阪神電鉄が臨時列車を出しても多数のファンを一気には裁ききれず、甲子園駅前の広場はあちこちでエンジン音が鳴り響く、という異様な光景となった。
それにしても白タクにナンパ車とは…長く甲子園で試合を見てきたが、こんなことは初めて。特に今季がコロナ渦で延長戦がないことを考えると、当時の阪神ナイン、ファンは本当に熱かったと思う。今ならありえないことだろう。
無念のV逸から29年、天王山の関東遠征
最終的にこの年の阪神は2ゲーム差で惜しくも優勝を逃し、覇者はヤクルトとなった。当時の中村監督は命運となる長期遠征を前に「大きな土産を持って帰ります」と宣言し、無念にも返り討ちにあって“V逸”した。
その悔しい年から29年を経た2021年シーズン。4日現在、首位のヤクルトとのゲーム差は1のまま、阪神は5日からDeNA、ヤクルト、巨人と3連戦を全て敵地で戦う。まさに天王山の関東遠征で、状況もあの92年と似ている。
すでに矢野燿大監督は「必ず優勝します」と得意の“予祝”で自らを鼓舞している。最後に笑うのは阪神か、ヤクルトか。天国にいる中村、野村両監督もさぞや固唾を飲んで見守っているに違いない。
《ライタープロフィール》
岩崎正範(いわさき・まさのり)京都生まれ。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社に勤務。プロ野球の阪神タイガースを中心に読売ジャイアンツ、オリックスバファローズ、ニューヨークヤンキースなどを取材。現在はフリーライター。
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