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西武・松坂大輔ついに引退…データで振り返る偉大な功績

2021 7/7 13:44SPAIA編集部
西武・松坂大輔ⒸSPAIA
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渡辺久信GM「体調面、精神面が回復すれば会見」

西武は松坂大輔投手(40)が今季限りで現役引退することを発表した。松坂は2019年オフに中日を自由契約となり、プロキャリアをスタートさせた古巣・西武に復帰したが、昨年7月に脊椎内視鏡頸椎手術を受け、その後も一度も登板していなかった。

横浜高時代に甲子園春夏連覇し、ハイレベルな同期生「松坂世代」を牽引してきた右腕が、復活のマウンドに立つことがないままユニフォームを脱ぐ。

西武・渡辺久信GMは以下のコメントを発表している。

「このような決断に至り、本人も大変悔しい思いをしています。昨年7月に手術を受け、それ以降も『メットライフドームで勝利する』ということを目標に大輔自身、厳しいリハビリに耐えながらここまでやってきました。ライオンズファンに自身の姿を見せることができていない日が続き、体調面もなかなか向上せず、ずっと苦しい思いをしてきたと思います。

実際、今年もここまでずっと、球団施設などで毎日復帰に向けて必死にリハビリやトレーニングを重ねる大輔の姿がありました。大輔は現在、体調面、精神面でも決して万全とは言えない状況です。

ただ、体調面、精神面が回復した段階で会見という形で、皆さまの前で本人から気持ちを話すことができると思います。今は双方の回復に専念をさせていただきたく、ぜひ皆さまには彼のことを引き続き、温かく見守っていただけますと幸いです」

2003年に驚異の奪三振率9.97

松坂は記憶にも記録にも残る稀有な投手だった。

松坂大輔の年度別成績


プロ入り1年目にいきなり16勝で最多勝。2年目は最多勝(14勝)と最多奪三振(144個)で2冠、3年目も15勝、214奪三振で2年連続2冠に輝いた。

2003年は16勝を挙げ、最多奪三振(215個)と最優秀防御率(2.83)、翌2004年も2年連続最優秀防御率(2.90)のタイトルを獲得。2005年には自身4度目の最多奪三振(226個)と輝かしい実績を残した。

渡米前に奪三振率(K/9)が最も高かったのは2003年の9.97。今季に置き換えると、12球団トップのオリックス・山本由伸が9.70だから、いかに凄い数字か分かるだろう。

コントロールは抜群とまでは言えず、与四球率(BB/9)はバラつきがあるが、渡米前に最も良かった2006年は1.64。今季と比較すると日本ハム・加藤貴之(1.28)、ヤクルト・小川泰弘(1.30)、中日・大野雄大(1.56)に次いで12球団で4位に相当する。

被本塁打率(HR/9)が渡米前で最も低かったのは2004年の0.43。今季で言えば日本ハム・上沢直之(0.40)、山本由伸(0.42)に次ぐ3位相当だ。この頃の松坂がいかに抜けた存在だったか、改めて思い知らされる。

日米通算170勝、2130奪三振、奪三振率8.50

日本のファンの期待を一身に背負い、ポスティングシステムでレッドソックス入りしたのが2007年。1年目は15勝12敗、2年目は18勝3敗、防御率2.90と好成績をマークした。

しかし、第一戦で活躍を続けていた松坂の右腕が勤続疲労によって悲鳴を上げる。成績は徐々に下降線を辿り、2011年にトミー・ジョン手術。右肘にメスを入れたものの完全復活することはなく、以降はケガや痛みとの戦いだった。

2015年に日本球界に復帰するまで、メジャー8年で通算56勝43敗、防御率4.45。半分以上はベストパフォーマンスが出せない中でも通算奪三振率は8.20、被本塁打率0.97をマークしたのは、松坂の対応力の高さを証明している。

1勝もできなかったソフトバンクでの3年間を経て、中日に移籍した2018年には6勝を挙げてカムバック賞を受賞。往年の球威はなくても変化球で巧みにかわす投球術は、経験のなせる業だった。

生涯成績は日米通算170勝108敗2セーブ3ホールド。歴代20位の日米通算2130奪三振、通算奪三振率8.50は、太平洋を股にかけて右腕を振り続けた、球史に残る名投手の勲章だ。

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