ナイジェリア人の父を持つ「悪条件に強い男」
陸上界の新星が東京五輪男子400メートルリレーのメンバーに選ばれた。陸上を始めてわずか5年余りのデーデー・ブルーノ(東海大)。ノーマークの大学4年生が代表選考会の日本選手権の男子100メートル、200メートルでともに2位に入り、一気に五輪代表に登りつめた。デーデーとは何者か。
日本選手権100メートル決勝の直前、デーデーの指導に携わる北京五輪男子400メートルリレー銀メダリストの塚原直貴氏がこう言っていた。
「悪条件になったら強いですよ」
ナイジェリア人の父、日本人の母を持つデーデーは、177センチ、79キロとがっちりとした体軀から生み出すパワーのある走りが持ち味。多田修平(住友電工)のような軽い走りとは対極にある。
この日本選手権、レース前に雨が降り、トラックは濡れていた。悪条件というほどではなかったが、決勝で10秒19の自己ベストをマークし、2位に入った。東京五輪の参加標準記録(10秒05)を突破していないため、100メートルでの代表入りはできなかったが、一気にリレーメンバーでの代表入りに名乗りを上げた。
代表入りを確固たるものにしたのが、200メートルのレース。こちらも自己ベストとなる20秒63をマークして2位に。参加標準記録(20秒24)を突破できなかったものの、100メートルの結果が「マグレ」でないことを証明した。リレーメンバーに選出されるのは当然の結果だった。
高校1年まではサッカー部
デーデーが無名だったのは訳がある。長野・創造学園高の1年生まではサッカー部所属で、陸上を始めたのが2年生と遅かったからだ。
東海大に進学後、2年次にユニバーシアードの男子400メートルリレーでアンカーを走り、金メダルを獲得。今年に入り、日本学生個人選手権の男子100メートルで優勝するなど、力はつけてきていたが、日本選手権前に注目をされることはなかった。
映像を見なくなり、己の感覚を磨く
デーデーの何が変わってきたのだろう。
「学生個人選手権の前から、走りの映像を見て考えさせるのをやめたんですよね」
塚原氏はそう語る。理由を聞くと、こう返ってきた。
「彼の走りに迷いがあったんです。自分の走りを理解していない中で、映像を見せてフィードバックしていた。だから、映像を見て、どんどん迷っていった」
塚原氏は映像を見せないことで、デーデーの主観、感覚を大事にするようにさせた。そして、狙い通りに感覚は磨かれ、素材が花開いた。
繊細で遠慮がちなスプリンター
デーデーの人柄について聞くと、塚原氏はこう言った。
「非常に繊細」
ちょっとしたことで不安になる傾向があるという。「自信がないところから、出てきているんだろうと思います」
人がよく、遠慮しがちだとも言う。日本選手権の100メートルの前も「4、5位かな」と言っていたという。今回、9秒台の自己記録を持つ4選手に先着する結果だったが、レース前は「学生に勝ちたいな」と言っていたという。10秒の世界で戦うスプリンターにはあまりいない、控えめなタイプである。
バトンミスのリスク少ないアンカー起用も
「ポテンシャルはある。(3年後の)パリ五輪をメインで、というのは頭にあります」と塚原氏は語る。桐生祥秀(日本生命)もそうだが、デーデーも足首が硬く、地面からの反発力を効率的に体へ伝えることができる才能があるという。
パリの前に、東京五輪がある。リレーを走るならどこになるだろう。有力なのはアンカーだろう。ユニバーシアードでも経験しているし、バトンを渡す必要がないので、失敗のリスクも少ない。本来ならば、サニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)が務めるところだが、日本選手権を見る限りは本調子とはほど遠く、デーデーが走る可能性もある。
さらに、彼のスピードもアンカーにはプラスだ。日本選手権の100メートル決勝の最高速度は秒速11.38メートルで、優勝した多田より、秒速0.01メートル速かった。200メートルが走れることも強みだ。リレーではバトンパスがあるので、100メートルよりも長い距離の走力が要求される。特に直線を走る2走、4走は、200メートルも走れる選手が任されることが多い。そういった意味でも、デーデーにアンカーは適任である。
日本選手権で見るものを驚かせたデーデーだが、今度は五輪の舞台で再び我々を驚かせてくれるかもしれない。
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