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嫌いなことで日本記録を樹立した「猛獣」新谷仁美が調教師と挑む2度目の五輪

2021 7/3 11:00福田由香
新谷仁美Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

走ることは嫌い、エルメスのバッグが欲しかった

去年10000mとハーフマラソンで日本新記録を樹立し、日本陸上競技連盟の最優秀選手賞に輝いた新谷仁美。東京五輪は10000mでロンドン以来2度目の出場が決まっている。彼女のストーリーは、遠回りしたからこそ見える景色があることを教えてくれる。

新谷がリオに出場していないのは、25歳で一度引退し、普通の会社員をしていたからだ。陸上競技に戻った理由は、なんと「エルメスのバーキンが欲しかった」からだという。

新谷は現在も、走る理由を「お金などをいただいてるから。運動は苦しい以外の何ものでもない」という。「好きこそものの上手なれ」という言葉の通り、内村航平や伊藤美誠、キングカズこと三浦知良ら自分の競技が大好きなアスリートがいくらでもいる中、新谷がお金のために走るのは異色といえる。しかしこれは、新谷のプロ意識の裏返しでもある。

新谷が会社員になって気付いたのは、アスリートに対する厳しい目だった。「走るだけで安定したお給料をもらえて、生活も保証されてるんでしょ」といった意見を耳にし、悲しく思うも納得したという。

確かに、結果を出せないまま対価を貰っている選手もいることに対し、ケガなどがあったとしても「ボロボロになってまで戦っている」と好意的に捉える人ばかりではない。走ることが仕事の新谷は、厳しい目を向ける人がいるからこそ「結果が全て」と「仕事」をする。

165cm、40kg、体脂肪率3%、無月経

新谷は自身の経験から、過度な減量を否定する。特に女性アスリートが過剰な減量をすることで生理が止まることに対し、「追い込めた」と考える人に警鐘を鳴らしている。

2013年世界陸上で5位になった時、新谷の体重は40.1kgしかなかった。TWOLAPS TCのプロフィールにある身長は165.9cmで、体格指数BMIを計算すると14.57。厚労省の令和元年度国民健康・栄養調査によると26歳~29歳の女性の平均値(体重は妊婦を除く)は、身長157.9cm、53.4kgでBMIは21.42。この身長に当時の新谷のBMIを当てはめた体重は36.3kg、新谷の身長で平均的なBMIだとした場合の体重は58.9kgで、新谷がどれだけ痩せていたかがわかる。

この頃の新谷の写真を見ると、痛々しいほどに細い。体脂肪率はわずか3%で、生理が止まった。ドクターからは、「異常なまでの減量と精神的な問題から無月経になったと思われる」と言われたという。信じられるのは自分だけ、隙を見せてはいけないと考え、SOSを発信できなかった結果だった。

新谷は現在、「”競技を辞めたら生理は来る”という考えは間違い」「当たり前にあるものを自ら除外することはしないで」「強くなりたいならまずは食べること」などと発信し、自らの食事を公開している。野菜に魚、卵と品目も豊富で、最近ツイッターで公開された4枚は1食につき1200~1400kcalもある。結果を残している新谷のメッセージだからこそ、説得力は強い。

強い絆で結ばれた調教師と猛獣の日常

「新谷仁美という猛獣を扱えるのはおそらく横田真人コーチしかいないと思います(笑)」

これは去年2月の新谷のツイートだ。「信じられるのは自分だけで後は敵だ」と考えていた引退前の新谷とは、明らかに違う。

横田真人は男子800mの元日本記録保持者でロンドン五輪代表、米国公認会計士の資格も持つ指導者だ。新谷とは同学年で元々お互いを知ってはいたが、本音で話せる関係になったのはコーチになって半年ほどしてからだという。

新谷は2019年世界陸上まで自分で練習メニューを組んでいた。しかしこの大会の後、横田は「新たなチャレンジをしよう」と切り出した。

横田は現役時代、コーチをつけていなかった。それでも日本記録も出せたし世界陸上にもいけた。「頼ることを覚えなさい」といわれても実践できないまま引退した横田だからこそ、「頼られることの意味」を選手目線で考えることができているという。

新谷も横田の言葉を受け入れた。横田が提案したのはハーフマラソンに挑戦すること。重要なレースで力みすぎていたことから、リラックスして走るために長い距離を提案したという。

「10000mをやるためのハーフマラソン」を前提に取り組み、「だいたい100日」。去年1月、前の記録を48秒も更新する日本新を叩き出した。そして12月、本命種目の10000mでも前の記録を28秒上回る日本新を出し、五輪の切符を再度掴んだ。

新谷は横田を頼って進化した。一度引退し、30代になった新谷が日本記録を出した姿は、職場の異動や育児などでやりたいことに「ブランク」ができている多くの人の心に響くのではないだろうか。結果にこだわり進化する新谷が9年ぶりの五輪で残す結果はどんなものになるのだろう。

《ライタープロフィール》
福田由香
NHK岡山キャスター、テレビ愛知アナウンサーを経て「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)で現場リポーターとして活動した経歴を持つ異色のライター。卓球初段。全日本社会人選手権、全国インカレ出場。学生時代は全国国公立大学卓球大会で数々の賞状を手にした。

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