「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

エリート街道とは無縁の多田修平の神対応と下を向くフォームの謎

2021 7/1 06:00鰐淵恭市
多田修平Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

東京五輪決めた日本選手権翌日も練習

史上まれに見るハイレベルなメンバーがそろい、日本中の注目を集めていた陸上男子100メートルの五輪代表争い。代表選考会の日本選手権で初優勝に輝いたのは、これまで9秒台をマークしたことがない多田修平(住友電工)だった。

「みなさんの支えがあって、ここまで来られた」。涙の優勝インタビューに、感動した人も多かったのではないだろうか。陸上のエリート街道とは無縁だった25歳は、いかにして五輪代表にたどり着いたのか。

五輪代表内定を勝ち取った翌日、ヤンマースタジアム長居のサブトラックで汗を流す多田の姿があったという。激しいレースだけではなく、優勝したことで関係各所へのあいさつもあり、疲労はかなりたまっていたのではないだろうか。

もちろん、体をほぐす意味もあるだろうが、関係者によると「完全に体を動かさない日はないらしい」。この姿勢が、多田を日本の頂点に導いたのかもしれない。

高校時代に10秒01をマークした桐生祥秀(日本生命)のように、早くから注目されてきた選手ではない。多田が全国的に名を知らしめたのは、関西学院大3年の時の2017年セイコーゴールデングランプリ。70メートル付近まで、元五輪王者のジャスティン・ガトリン(米国)に先行した。

レース後、ガトリンも多田を賛辞する言葉を並べた。それまで、関西の陸上界ぐらいでしか知られていなかった多田の名が、一躍全国区になった瞬間だった。

大阪桐蔭陸上部2期生、関西学院大で全国区に

大阪府東大阪市で育ち、中学で陸上を始めた。当時は全国レベルとは、ほど遠い選手だった。

それでも見る人は見ていた。野球の強豪校で知られる大阪桐蔭高の陸上部顧問が多田の素材を見抜き、スポーツ推薦で入学した。ここが多田の一つ目の転機ではなかっただろうか。同校の陸上部の創設は2011年と最近で、多田は陸上部2期生になる。

大阪桐蔭で猛練習ではなく、密度が高く、集中力の高い練習をしていたという。そこで、現在の走りにもつながる、地面を強くたたく走りを身につける。中学時代に11秒4台だった自己ベストを10秒50まで伸ばし、全国高校総体では6位入賞を果たした。全国トップレベルとまでは言わないが、上位に顔を出す存在にまで成長した。

大学進学時は関東の強豪からも誘いがあったという。でも、「関西で強くなりたい」と、関西学院大に進んだ。大学時代、多田は関西学生対校選手権の100メートルで1年次から4連覇を果たすのだが、二つ目の大きな転機は、2017年、大学3年の時に大阪陸協が主催した米国遠征のメンバーに選ばれたことだろう。

その遠征では、元世界記録保持者のアサファ・パウエル(ジャマイカ)らと練習。その際にスタート姿勢について教えられた。それまではつまずき気味のスタートだったが、腰から背中のラインを真っすぐにする姿勢を学んだという。 それが足の負担が少なく、かつ鋭い飛び出しのスタートにつながっていった。その後は自己新を連発。先述のゴールデングランプリで、全国区の選手になっていった。

ファン対応を欠かさないイケメンぶりが人気の理由

多田といえば、そのマスクから醸し出す優しい雰囲気に魅せられたファンも多いだろう。事実、ファンへも笑顔を絶やさない。

2019年、大阪・長居で行われたセイコーゴールデングランプリ。地元開催ということもあり、多田の人気はすごかったが、競技場から地下鉄で帰っていこうとする多田は大変だった。

ファンが集まり、握手を求める。時にはバトンを握ってほしいという、不思議なお願いもあったが、多田は嫌な顔をせず、対応していた(困惑していたかもしれないが)。気がつけば、地下鉄の駅に向かうエレベーターに乗るまで対応。「関東だったら、こんなに人気ないですよ」と謙虚な姿勢を見せていた。

そんな人柄が、今回の日本選手権の涙の優勝インタビューにもにじみ出ていたのだろう。

30メートルまでは顔を上げない走りがロケットスタートに

多田の走りと言えば、まず頭に浮かぶのは、あのスタートダッシュだろう。50メートルぐらいまでなら、日本で一番速いと言える。事実、山縣亮太(セイコー)が9秒95をマークしたレースでも、60メートル付近までは多田が先行していた。

そんなロケットスタートを可能にしているのが、スタートからなかなか顔を上げない、独特のフォームだ。

30メートル付近までは顔を上げず、ほぼ真下を見ながら走っているように見える。通常、30メートルぐらいまでは前傾して走るものだが、ここまで深く頭を下げる選手は、トップレベルにはなかなかいない。

普通、ここまで前傾を深くし、序盤から足を回すと、後半にパワーダウンする「ガス切れ」なる現象が起きる。事実、多田も以前はその傾向にあったが、今年はそれがない。序盤のスピードを落とすことなく効率的に走ることができるようになったことで、自己ベストを一気に0秒06も縮める10秒01をマークできたのかもしれない。

走りの特長としては、いい意味での「軽さ」がある。硬い足首で地面をはじき、接地時間の短い走りをする。硬い足首で効率的に地面からの反発力を体に伝えるとともに、軽く、短い接地で回転の良い走りができる。パワーのある走りではないため、向かい風など、悪天候には弱いが、逆に追い風には乗りやすい走りとも言える。

典型的なスタート型であり、男子400メートルリレーでは「1走がいい」とインタビューで答えている。今季の調子を見れば、多田がリレーのスタートを担う可能性が高い。多田のスタートダッシュが金メダルのカギを握る。

【関連記事】
男子100mの勝負を分けたレーンの妙、多田修平と山縣亮太に挟まれた桐生祥秀
混戦の陸上男子100メートル選考方法、東京五輪代表に近いのは誰だ?
100年で2秒短縮…陸上男子100メートル日本記録の変遷