山縣、多田、桐生、デーデーが抽選で4~7レーンに
9秒台の記録を持つ選手が4人もそろい、日本陸上史上、最も激戦と言われた日本選手権の男子100メートル。東京五輪代表に内定したのは、初優勝に輝いた多田修平(住友電工)、3位に入った山縣亮太(セイコー)の2人だった。
日本人初の9秒台をマークした桐生祥秀(日本生命)、前日本記録保持者のサニブラウン・ハキーム(タンブルウィードTC)は期待されたようなレースができなかった。
なぜ、今回のような結果になったのか。そこには少なからず、陸上競技のあるルールが影響しているように思われる。
まずは決勝の結果をおさらいしよう。
2位にはノーマークだったデーデー・ブルーノ(東海大)が入り、9秒98の自己ベストを持つ小池祐貴(住友電工)が4位だった。3位以内に入っているデーデーは選考上、有利な立場にいるのだが、そもそも10秒05の五輪参加標準記録を破っていないため、この種目での五輪代表は実質的に無理だろう。リオデジャネイロ五輪代表の桐生は5位、日本人で唯一9秒台を2度マークしているサニブラウンは6位だった。
このレース、3レーンから順に、サニブラウン、山縣、桐生、多田という、まさに代表入り争いの中心と思われていた4人が並んだ。一方、小池はその4人から少し離れる8レーンだった。これが、彼らの心理や走りに影響を及ぼしたのではないだろうか。
このレーン分けは、自動的に分けられる部分と抽選の部分がある。速い選手が中央のレーン(通常は3~6レーン。今回の日本選手権は2~9レーンを使用するため、この場合の中央は4~7レーン)を走るようになっており、準決勝の各組1着の3人と各組2着の中で最も記録のよい1人の計4人に割り当てられる。
今回で言えば、各組1着は山縣、多田、桐生、2着で最速のタイムはデーデーだった。この4人が抽選で、4~7レーンの中で振り分けられた。その結果、桐生がスタート型の山縣と多田に挟まれる形になってしまった。
これは桐生にとって、最も悪い形だった。桐生もスタートが遅いわけではないが、山縣と多田には後れをとってしまう。それでも桐生の普通の走りをすれば、簡単に負けることもないのだが、この2人が近くにいると、焦りからか走りが硬くなり、桐生の持ち味である中盤の加速が悪くなる。これまで、そういう傾向があった。
準決勝2着になった3人のうち、デーデー以外の小池と柳田大輝(東京農大二高)は8、9レーンが割り当てられた。そこからは抽選で小池が8レーンとなった。小池とすれば、左側の7レーンに山縣、多田、桐生が来る可能性もあったが、デーデーになって気が楽になったかもしれない。
準決勝各組3着以下の選手の中で記録上位2人となったサニブラウンと東田は2、3レーンが割り当てられだ。抽選の結果、サニブラウンが3レーンとなり、山縣の隣となった。これも、2人の心理に微妙に影を落としたかもしれない。
スタート型に挟まれてしまった桐生祥秀
スタートの反応が最も速かったのが多田で0秒123。山縣は3番目で0秒139だった。一方、桐生は2番目に遅い0秒152。大方の予想通り、レースは多田、山縣が飛び出す展開となった。
ここで、両選手に挟まれた桐生が焦ってしまったかもしれない。通常より早めに体が立ってしまった。そのためスタートから30メートルくらいまでの「1次加速」がイマイチで、スタートの反応以上に差が開いた。
また、1次加速がうまくいかなかったため、桐生が得意で、最高速に持っていく30~60メートルの「2次加速」も本来のスピードが出なかったように見えた。
サニブラウンの反応は最も遅い0秒161。これは本人も織り込み済みだと思うが、左隣にスタートが速い山縣がいたため、サニブラウンにも焦りがあったかもしれない。こちらも2次加速で思ったようにスピードが乗ってこなかった。
山縣も2次加速で焦りが見られた。本人いわく「多田選手の飛び出しが本当に速くて、予想はしていたものの予想以上に前に出られたなというのが正直なところだった。追いつこうと思って、中間(疾走=2次加速の局面で)、少し自分のペースが乱れてしまったことを感じた」。普段、ほかの選手の影響を受けずに走る山縣だが、この大一番では1レーン開いていたとはいえ、多田の走りが近くで見えたことが大きかったようだ。
さらに山縣は左隣に後半のスピードで抜きんでるサニブラウンがいたのも大きかったのではないか。視界にある多田だけでなく、視界外のサニブラウンにも心理的な影響を受け、走りが乱れたように思える。
2位のデーデーは無欲だったようで、ただ1人自己記録を更新する走りだった。4位の小池は不調を伝えられていたし、10秒27という記録は決して良くはないのだが、ほかの選手の影響を受けにくいレーンで、彼なりのレースができたのが大きかったのではないかと思う。
多田修平は予選から決勝にかけて理想の配分
また、予選、準決勝といったラウンドをどう走るかというプランニングも、影響したという声がある。
予選最速のタイムは、桐生で向かい風0・4メートルの中、10秒12だった。アキレス腱痛があるものの、動きはキレており、好調を予感させたが、この直後、かつて100メートルの日本記録を持っていた選手が「なぜ桐生は予選からあそこまでスピードを出すのだろうか。プランが悪い。もしくは何か不安があるのか」と語っていた。
当たり前だが、選手は決勝で最高のパフォーマンスが出せるようにする。そのため、一般的には予選、準決勝、決勝とタイムが右肩上がりになるようにプランニングする。だが、桐生は準決勝、決勝とも10秒28で予選が最速だった。
一方、多田は予選から10秒26、10秒17、10秒15と徐々にタイムをあげた。山縣は10秒27、10秒16、10秒27。決勝ではもっとタイムが出る考えだったのだろう。小池は10秒42、10秒30、10秒27と調子を上げていった。
1センチの差で内定に
なお、陸上競技のタイムは100分の1までしか表示されないが、計測は1000分の1まで行い、1000分の1を切り上げている。今回、自動的に内定する3位の山縣は10秒264、内定を逃した4位の小池は10秒265と1000分の1秒差だった。
単純計算ではあるが、差は1センチほど。桐生にしても、山縣との差は10センチ程度で、ほんのわずかな走りの乱れが、東京五輪の代表権に影響を及ぼしていたのではないだろうか。
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