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伊調馨、鉄壁の防御に綻び…五輪黄信号も62キロ級転向には否定的

2019 7/9 11:00田村崇仁
プレーオフで敗れた伊調馨Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

プレーオフで川井梨紗子に惜敗

約2年のブランクを埋めるのは「絶対女王」でも厳しい現実だった。パワハラ問題を乗り越え、昨年10月に実戦復帰。レスリング女子で前人未到の五輪5連覇を目指す35歳のベテラン、伊調馨(ALSOK)が窮地に立たされた。

2020年東京五輪の代表枠はわずか1。7月6日に埼玉県の和光市総合体育館で行われた世界選手権(9月・カザフスタン)57キロ級代表を争うプレーオフで16年リオデジャネイロ五輪63キロ級女王の川井梨紗子(ジャパンビバレッジ)との激闘に惜敗し、15年以来の代表入りを逃した。ポイントは3-3の同点だったが、ルール上、ビッグポイントを獲得していた川井梨が優勢となり伊調は涙を飲んだ。

24歳の川井梨は東京五輪予選の世界選手権で表彰台に立つと、日本レスリング協会の選考基準を満たして五輪切符を得る。リオ五輪後に階級を下げて臨んだ17、18年の世界選手権では優勝しており、伊調は自国開催の五輪出場に黄信号がともった。

攻撃重視の新ルールに対応できず

国民栄誉賞アスリートでもある元女王への注目度は高く、プレーオフは民放が異例の生中継。伊調は挑戦者の立場で臨んだが、復帰以降、4度目の対戦で川井梨に三たび敗れた。強固だった鉄壁の防御にほころびが見られ、カウンター攻撃も影を潜めたのが主な敗因だ。

16年リオデジャネイロ五輪後に変更されたルールでは、返し技よりも攻撃を高く評価することに重点が置かれている。序盤は川井梨のタックルを何とかしのぎ、もつれた末に抜群の身体バランスを駆使してアクロバティックに逃れてポイントを失わない場面もあった。しかし新ルールに対応しきれず、積極的な仕掛けで後手を踏み、最後まで得意のタックル返しも不発だった展開が響いた。

全盛期は無失点当たり前も痛恨3失点

全盛期は盤石の守備で無失点勝利が当たり前だった。だが復帰後は衰えが否めず、この日も痛恨の3失点が重くのしかかった。川井梨の攻撃を防ぎ、背後に回って得点する得意のカウンター攻撃で取り切れなかった。

勝負を分けたのは1-1のスコアで迎えた第2ピリオド残り1分。伊調が低めのタックルに入ろうとすると、川井梨は伊調の左脇の下に両腕をまわす返し技でネルソンを決め、ニアフォールとして2得点。この試合で初めてのテクニカルポイント(技術点)が動いた。

終了間際にタックルで追いつく意地は見せたが、大技を決めることはできず内容の差で敗れた。両足首痛などの古傷で練習を制限せざるを得ない状態が続き、長いブランクによる微妙な感覚のずれを事実上認めた。

判定に激高、セコンド退場も

注目の大一番では微妙な判定もあり、伊調陣営のセコンドだった田南部力氏が判定に激高。マットに上がり審判に暴言を吐いたとしてレッドカードをもらい、一発退場処分となる場面もあった。

伊調自身は潔く負けを受け止め、両者がマットから降りた時点で勝敗は覆らないが、パワハラ騒動からの経緯もあり、やや後味の悪い流れとなった。

去就は明言せず

伊調は五輪代表の座を自力で手繰り寄せられず、世界選手権でのメダル獲得が有力なライバルの結果待ちとなる。62キロ級へ階級を変更しての挑戦には否定的で、五輪代表の可能性は川井梨が世界選手権でメダルを逃した場合に限られる。「今は待つ立場」と厳しい現実を受け入れ、今後の去就を明言しなかった。

03年から16年まで不戦敗を除いて189連勝と勝負強さを発揮し、リオ五輪で全競技の個人種目で女子初の五輪4連覇。1月に引退した吉田沙保里がサービス精神旺盛な性格で「広告塔」となって引っ張る一方、伊調は露出を抑えて競技に集中してきた形だ。

昨年12月の全日本選手権で頂点に立ったが、今年6月の全日本選抜選手権決勝で川井梨に敗れ、代表争いがプレーオフにもつれた。絶対女王の今後はどうなるのか。行く末に注目が集まる。