オリンピックだからこそ世界を取れる?
史上最強との呼び声も高い卓球女子の東京五輪代表メンバーは、世界ランク2位の伊藤美誠をエースに、同10位の石川佳純と12位の平野美宇の3人。シングルスの代表枠は2つのため、伊藤と石川の2人が出る。
この「代表枠は2つ」というのがポイントだ。女子シングルスのエントリー選手は70人だが、これは世界最強の70人ではない。12位の平野が落選しているように、国内の争いで勝たなければ東京五輪には出られないからだ。直近の世界選手権ではベスト4が全員中国だが、今回出てくるのは陳夢と孫穎莎の2人だけだ。
直近の世界選手権で金メダルの劉詩雯は団体と混合の出場、世界選手権を3度制覇しリオ五輪で金メダルを獲得した丁寧と、世界ランク4位でダブルス金メダルのホープ・王曼昱も選外だ。国際大会で表彰台常連のそうそうたる顔ぶれが不在となるこの大会は、伊藤と石川にとって大きなチャンスとなる。
小さな大魔王、伊藤美誠
身長152cmの小さな体から繰り出す多彩な技が持ち味のエース伊藤美誠。全日本選手権では単複混合の全種目で2年連続優勝の偉業を達成。東京五輪でも3種目全てでシード選手となっていて、「金メダルを“1つずつ”掴みたい」という大きな目標にも驚くものはいないだろう。
子どもが大人に勝つこともできる卓球には身長は関係ないと思われがちだが、それは違う。大きく動かされた時やネット際のボールなどの対応は背が高い方が有利で、背が低いとフットワークか戦術で補わなければならない。伊藤はサーブレシーブで先手を取ることで、このウイークポイントを補っている。
福原愛や石川佳純、平野美宇と同様に、元卓球選手の親から英才教育を受けて育った伊藤だが、彼女の場合、ちょっと次元が違う。ラケットを握ったのは2歳の時で、幼稚園から帰宅すると毎日6時間以上練習したという。
みなさんの幼少期を思い返して欲しい。私は泥だんごをピカピカに磨くことに精を出し、セーラームーンとガチャピンに夢中だったが、伊藤はひたすら白球を追っていた。
幼い頃からの圧倒的な努力が数々の最年少記録に繋がる。2011年の全日本選手権一般の部では石川佳純の初優勝の陰で10歳2ヶ月での史上最年少勝利の記録を作った。ダブルスでは同い年の平野美宇とのペアで全日本最年少勝利、ワールドツアー最年少優勝。シングルスでも14歳152日でワールドツアー最年少優勝を果たし、ギネス記録に認定された。翌年のリオ五輪では卓球史上最年少の五輪メダリストとなった。
異質×多彩×練習量=∞の可能性
伊藤の戦型はシェークバック表。ラケットのフォア面は一般的なつるつるてかてかの見た目だが、バック面にはレゴブロックのような突起が並んでいる。つるてかの裏ラバーが回転量やパワーのあるボールを出しやすいのに対し、デコボコの表ラバーはボールとラバーが触れる部分が少ないためグリップ力が弱く、すぐに飛んでいく。そのため擦って回転をかけるのは難しいが相手の回転にも影響されにくく、スピードスマッシュなどに向いている。
フォアとバックの性能が違うため、フォアバックを混ぜたラリーをするとスピードやボールの飛び方、回転量といった球質が変わる。ただ、「伊藤のバックが異質だから相手がやりづらい」と言われているのを聞くと、それだけじゃないと感じてしまう。
確かに、裏ラバーのみを使う選手は圧倒的に多い。しかしラバーの特殊性だけで言えば、同じバック表でも福原愛の方がもっと異質だった。福原が使っていたのは、ボールの回転量を著しく減らしたり手元でぶれたり曲がったりする、魔球を作るラバーだった。伊藤の場合はスピード攻撃に向くラバーを使って、無回転の魔球も作るし強い回転のボールも作る。
伊藤のサーブの質が高く、種類が多いのは有名だが、それを独特なモーションで繰り出すことで、相手は余計に惑わされる。レシーブの時の動きも、ステップを踏む選手はいるがあのうねうねとした動きは他に見たことがない。
ラリーでは「みまパンチ」と呼ばれるカウンターも使う。石川などが多用するドライブは回転をかけてパワーと安定感を両立する打法だが、みまパンチは打点を早くして相手の打球の力を利用して打つので、ラリーのリズム感と球質が変わる。相手にとっては一瞬早く届くので、ミスしやすい。
バック表は伊藤の異質性の1つで、それによって生まれる無数の球質こそが伊藤の武器だ。小さな大魔王の持つ無限大の引き出しで、世界中を惑わせてほしい。
《ライタープロフィール》
福田由香
NHK岡山キャスター、テレビ愛知アナウンサーを経て「羽鳥慎一モーニングショー」(テレビ朝日)で現場リポーターとして活動した経歴を持つ異色のライター。卓球初段。全日本社会人選手権、全国インカレ出場。学生時代は全国国公立大学卓球大会で数々の賞状を手にした。
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