力士の顔見せ「土俵入り」
大相撲で、大勢の力士が土俵をぐるりと囲む様子を見たことがないだろうか。これは観客に力士を紹介する顔見世(顔見せ)、土俵入りと呼ばれる儀式だ。
土俵入りのとき、力士たちはそれぞれのとっておきの化粧まわしをつけて土俵に上がる。この土俵入りが行われるのは二回。十両取組の前に十両力士全員が、そして幕内の取組前には大関から前頭の幕内力士が行う。
だがこのとき、力士の最高位である横綱はこの「土俵入り」では顔見世をしない。大相撲で特別な階級である横綱には、「横綱土俵入り」という特別な土俵入りが用意されているのだ。今回はそんな横綱土俵入りについて見ていこう。
横綱土俵入りとは
横綱土俵入りは、幕内力士の土俵入りが終わった後に行われる。行司を先頭に、真っ白な綱を腰に締めた横綱が、露払い(つゆはらい)と太刀持ち(たちもち)という力士二人を従えて土俵に上がる。この露払いと太刀持ちは横綱と同じ部屋の幕内以上三役以下の格付けの力士が担う。部屋に幕内力士が不足している場合は一門から務めることもある。
露払いは土俵入りの際に横綱の前を歩く。かつて武将や大名がいた時代には、露で濡れた草花で主人が濡れて汚れないように主人の前を歩く役割である「露払い」をする家臣がいた。横綱土俵入りの露払いも同じ役割であり、横綱を土俵まで先導する役目を持つ。
一方の太刀持ちは、武将の後ろで刀を持って控えていた家臣や小姓に由来する。横綱土俵入りの際はタケミツ(竹で作られた模造刀)が使用される。
横綱は武将や大名に匹敵する特別な存在なのである。
土俵に上がると横綱を中央に向かって左に太刀持ち、右に露払いが並ぶ。横綱は柏手を打ち、右足で四股踏み、せり上がり、左足で四股踏み、せり上がり、右足で四股踏みの順で行う。四股を踏む際は観客から「よいしょー!」と掛け声が上がるのが横綱土俵入りの定番であり、盛り上がりのポイントでもある。
横綱土俵入りでは、四股踏みの間に行われるせり上がりの方法、そして腰に締める綱の形が異なる二つの「型」がある。それが雲龍型と不知火型だ。順に見ていこう。
土俵入りの型①「雲龍型」
せり上がりとは、四股を踏んだ後にすり足でジリジリと姿勢をあげていく動作のことだ。せり上がる際に、左手を胸のそばに持っていき、右手を伸ばして行う型が「雲龍型」だ。かつて雲龍久吉という力士が行っていた土俵入りの型を起源とするとされる。また綱の結びは輪を一つだけつくる。
これまで多くの横綱がこの雲龍型を選択してきたため、不知火型と比べると見慣れた型といえる。また雲龍型を選んだ力士のなかには大横綱とされる双葉山や大鵬など、優れた成績を残した者もいることから縁起の良い型だとされることもある。だが実際は短命に終わった力士もおり、単に雲龍型を選んだ力士の絶対数が多いことから、自然と大横綱が多く目立っているだけといえそうだ。
一門によっては全員が雲龍型を選ぶこともある。出羽海一門、高砂一門、時津風一門の横綱は全員が雲龍型を選択している。
最近では貴乃花さん、朝青龍さん、そして鶴竜関、稀勢の里関がこの雲龍型で横綱土俵入りを行っている。
土俵入りの型②「不知火型」
もう一つの型「不知火型」は、不知火光右衛門という力士が行っていた土俵入りのスタイルが由来とされている。
せり上がりの際に両手を伸ばすのが特徴で、両手を広げ低い体勢からダイナミックにせり上がるため、大柄な力士が行うと迫力のあるせり上がりとなる。
綱の結び目は輪を二つつくるため、不知火型の綱は雲龍型のものより重くなる。
雲龍型が縁起の良い型とされるのは、相対的にこの不知火型を選んだ横綱の中で短命に終わった力士が目立っているためとも言われる。たとえば玉の海さんは不幸にも在位中にお亡くなりになったほか、琴櫻さんや隆の里さんといった横綱も比較的短い在位で引退している。
だが近年の大相撲をけん引する白鵬関はこの不知火型を選択しているほか、日馬富士関も不知火型だ。とくに白鵬関は2017年名古屋場所現在で幕内最高優勝38回(歴代第一位)、横綱在位期間も歴代第二位と大横綱として長きにわたる活躍を見せており、不知火型の不名誉なイメージを覆したといえる。
最後の勇姿!「引退相撲」の土俵入り
横綱は、たとえ何度負け越しても大関に陥落することはない。だが陥落のリスクがないからといって、衰えても横綱を続けてよいわけではない。もちろん横綱に上り詰めた力士は誰一人としてそんな甘い考えはしない。自分の衰えを感じた時、潔く引退することで、自身の横綱としての名誉と誇りに報い、そして大相撲への敬意を示すのだ。
現役を引退し年寄を襲名した元横綱が引退相撲を行う際、断髪式の前に最後の横綱土俵入りが行われる。これは、横綱としての最後の晴れ姿だ。
この時、露払いと太刀持ちは現役の横綱が二人以上いれば、横綱が行うのが原則とされる。だが横綱不在の際は、同部屋、同一門の三役以下の幕内力士が担当する場合もある。近年は横綱がいる場合でも弟弟子を露払い、太刀持ちに選ぶことも増えてきた。
2010年に朝青龍さんは同じ部屋の朝赤龍さんを露払い、当時大関の日馬富士関を太刀持ちとした。その前に引退土俵入りを行った武蔵丸さん(2004年)は雅山さんを露払い、当時大関の武双山さんを太刀持ちに指名した。
長寿のお祝い「還暦土俵入り」
現役時代に横綱を経験した元力士が、還暦を迎えた際に行われるのが還暦土俵入りであり、いわゆる長寿祝いなのだ。世間一般で還暦といえば「赤いちゃんちゃんこ」といわれているが、最近では赤い下着やネクタイの着用もあるようだ。この還暦土俵入りでは赤い綱が使用される。
還暦を迎えた時に親方として日本相撲協会に所属している場合は、両国国技館で開催されるが、それ以外の場合は別の場所で執り行われる。
この時の露払いと太刀持ちは親方の弟子や現役力士が務める。現役の横綱が担当することもあり、その際は白い綱を締めて土俵に上がる。
還暦土俵入りはこれまで十名が行ってきた。還暦を迎えたものの体調不良などで還暦土俵入りを行わなかった方もいる。最後に行われたのは2015年5月に行われた故・千代の富士貢さん(当時九重親方)の還暦土俵入りだ。この時は露払いを日馬富士関が、そして太刀持ちを白鵬関の横綱二人が務めた。この時には通常は白い御幣(化粧まわしの前に垂らす紙)も赤いものが用意された。
横綱の威厳を示す「横綱土俵入り」は特権中の特権
大相撲の頂点、横綱だけが執り行うことができる横綱土俵入り。
露払いと太刀持ちを従えて行う特別な儀式は、横綱たる自分を披露することができる一人舞台だ。横綱の威厳と誇り、そして力強さをじっくりと観客に見せることができる横綱土俵入りは、横綱の数多くの特権のなかでも特別なものといえる。2017年は横綱が四人、雲龍型と不知火型が二人ずついる。
ぜひ各横綱の土俵入りをじっくりと見て、それぞれの荘厳な立ち振る舞いや威厳を感じていただきたい。