「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

ダービーマッチを知ろう ドイツ・ブンデスリーガ編

2017 9/13 14:03跳ねる柑橘
サッカー、バイエルン・ミュンヘン、ドルトムント
このエントリーをはてなブックマークに追加

ルール・ダービー(ボルシア・ドルトムント対シャルケ04)

【初対戦1925年 通算150試合 ドルトムント51勝 ドロー41 シャルケ58勝】 まずはルール・ダービーだ。ルール工業地帯のゲルゼンキルフェンに本拠地を構えるシャルケ04とドルトムントに本拠地があるボルシア・ドルトムントの一戦だ。日本ではルール・ダービーと呼ばれることが多いが、現地では「レヴィア・ダービー」(レヴィアはドイツ語で「地域」の意味)と呼ばれるほか、コーレンポット・クラシカーとも呼ばれる。国内屈指の両チームの対戦とあって白熱し、その盛り上がりはドイツでも随一だ。

ドルトムントには香川選手、シャルケには内田篤人選手が所属していることもあり、日本人にもなじみの強いチームの対戦である。香川選手とルール・ダービーにはエピソードがある。移籍初年度の2010-11シーズンの第4節のダービーで、「自分が2点取って2-0で勝つよ」と豪語したが、試合結果はその通り2得点。現地サッカー雑誌で最高評価を獲得した。

どちらも歴史のあるクラブであり、初対戦は1925年までさかのぼる。これまでに150試合を戦い、シャルケが58勝、ドルトムント51勝とシャルケが若干リードしている。

ラインダービー(ケルン対ボルシア・メンヒェングラートバッハ)

【初対戦1962年 通算85試合 ケルン27勝 ドロー20 メンヒェングラートバッハ52勝】
(※ライン・ダービーの試合数、勝敗はリーグ戦のみの統計)

ドイツ西部を流れるライン川の川沿いには複数の大都市があり、各都市にクラブの本拠地を構えている。ケルン、レヴァークーゼン、ボルシア・メンヒェングラートバッハ(BMG)など強豪がひしめいている。これらのクラブには日本人選手も所属しているということから、私たちにもなじみが深い。ケルンには、ヨーロッパ初の日本人選手である奥寺康彦さんや槙野智章選手(現浦和レッズ)らが所属したほか、現在は大迫勇也選手が所属している。BMGにも大津祐樹選手(現柏レイソル)が所属していた。

ライン川沿いのクラブの対決を「ラインダービー」と呼ぶが、中でも白熱するのはケルン対BMGの一戦だ。ケルンはブンデスリーガ初代王者であり、BMGは強豪バイエルン・ミュンヘンと2強時代を築くなど、どちらも古豪だ。
そんな両者のライバル関係が決定的なものになったのは、1973年のDFBポカール決勝での試合である。この試合を決定づけたのがBMGのMFギュンター・ネッツァーだ。後半終了間際の91分にピッチに出たネッツァー選手だが、その直後の93分に決勝点を決めたのだ。延長戦にもつれこむ直前で優勝をさらわれたケルンは、この試合でBMGへの敵対心を燃えあがらせた。戦績を見てみると85銭で52勝と、BMGが圧倒している。

おすすめの記事