ドイツに受け継がれるGKの系譜
ドイツ代表には偉大なGKの系譜が存在する。
ゼップ・マイヤー氏やハラルト・シューマッハー氏、オリバー・カーン氏など、ドイツ代表そしてFCバイエルン・ミュンヘン(以下、バイエルン)のゴールマウスを守って来た名GKが大勢いる。もちろん、他のクラブにも優れたGKは大勢存在しており、代表の候補に挙げるべきGKには事欠かない。
だが、そのなかでもマヌエル・ノイアー選手(以下、敬称略)だけは別格だ。世界最高峰のGKと言って差し支えない選手だろう。
FCシャルケ04(以下、シャルケ)のユース出身の彼は、2007-08シーズンにはブンデスリーガの全試合に出場した。ドイツのU年代でも着々と出場機会を積み上げ、2009年のU21選手権で5試合4失点という好成績を残し、優勝を手繰り寄せた。
その後も同国の正GKとして君臨し、2014年のW杯でも世界の頂点に立っている。
涙ながらの移籍!選んだ新たな挑戦
2011年4月、ノイアーはシャルケとの契約延長に応じることを拒否した。会見を行ったノイアーは涙ながらに「僕はいつも最高のレベルでプレーしたいと考えている。CLだ。成長したいんだ。自分のキャリアで新たな一歩を踏み出したい。(契約延長の拒否は)簡単な決断ではなかったよ」と語った。
この時ノイアーは、マンチェスター・ユナイテッドFC(以下、ユナイテッド)からの関心を寄せられていると噂されていた。当時ユナイテッドを指揮していたサー・アレックス・ファーガソン監督が過去に絶賛していることもあったからだ。
だが、「ユナイテッドからの関心は聞いていない」とノイアー自身が否定し、後にバイエルンへの移籍が決定する。
名門の正守護神誕生!待ち焦がれたCLのタイトル
ノイアーは2011-12シーズンからバイエルンでプレーを開始。
加入してすぐにハンス=イェルク・ブット氏から背番号1を譲り受けると、そのまま正守護神となった。リーグでは8試合770分間無失点、公式戦では12試合1140分無失点を記録するなど素晴らしい鉄壁ぶりを披露した。
年が明けて2012年チェルシーとのCL決勝戦。ノイアーが求めていた世界最高峰の舞台がやってくる。この試合は延長戦でも決着がつかず、自身もPK戦に参加。見事ゴールを奪うが、惜しくも敗れてしまう。
2012-13シーズンのCLでは同じリーグのBVボルシア09 e.V. ドルトムント(以下、ドルトムント)と決勝で対戦することになる。リーグ戦もドルトムントから制していたバイエルンは、この決勝戦もものにしその1週間後の国内カップも制覇、計3冠を達成する。
この好成績の裏には、ノイアーの活躍もある。彼はリーグで25戦連続無敗の立役者だった。開幕から攻撃陣が機能し、ノイアーがバックアップする守備陣も輝きを見せた。バイエルンが世界最強と呼んでも良い瞬間だった。
ノイアーの凄さとは何なのか
ノイアーは間違いなく世界最高峰のGKだ。
彼は相手選手のシュートへの反応速度が素晴らしい。大きく手を広げゴール前で立ちふさがると、相手選手はシュートコースの制限を余儀なくされる。ノイアーはこの余ったコースにすぐさま飛び込み、ボールを易々と弾いていく。
仮に自身の正面にボールが飛んで来ても、決してディフレクト(シュートの取りこぼし、軌道を逸らすこと)することなく、確実に自身の両腕で止めて見せる。彼の両腕からは安定感しか感じられない。「1対1でもノイアーなら……」、そんな期待を寄せているのは、サポーターだけではなく、バイエルンの守備陣も同じではなかろうか。
さらに彼は、後方から試合を構築することさえも得意とする。
特に2013-14シーズンのグアルディオラ監督(以下、敬称略)指揮時からは、チーム全体が変わることが求められた。グアルディオラのポゼッションサッカーへの順応である。彼のサッカーは常にボールを保持し、相手をもてあそぶかのようにパスを回し続ける。
相手のマークやプレスに綻びを見つければ、一気に前へ行くように指導し、危ないと見ればGKまでボールを戻すことも厭わない。
となれば、GKでも足元の技術が必要だ。ノイアーはこのグアルディオラの求めに十二分に応える。ボールを戻されれば落ち着いて味方に捌くことができる上、前線へのロングフィードも正確だ。さらにはゴールラインを飛び出し、いつでもボール回しに参加できる準備を整えている。
これは少々危なっかしいようにも見えるのだが、ノイアーはポジショニング技術にも優れているため、危険を察知した瞬間にすぐに定位置へ戻る。実に駆け引きが上手い。
まさに何でもできるのがノイアー。だからこそ彼は世界最高峰のGKなのだろう。
グアルディオラが去った後のバイエルンでも、相変わらずマルチな働きを続けている。
ノイアーのバロンドールへの道!受賞の理由はどこにある?
世界で最も優れたサッカー選手を決める賞、それがバロンドールだ。
フランスのサッカー専門誌に端を発したこの賞は、サッカー記者の投票によって受賞者が選ばれる。
この賞をもらえることはサッカー選手にとって最も称賛されるべき栄光の一つだ。この賞はしばしば自己の力の誇示にも利用される。
クリスティアーノ・ロナウド選手(以下、敬称略)とシャビ・エルナンデス選手(以下、敬称略)は犬猿の仲とされる。かつてシャビ選手は「クリスティアーノの不運はメッシと同じ時代に生まれたことだ」と非難したが、これに対しロナウドは「シャビの言うことは気にしない。カタールでプレーする彼は僕と接点がない。W杯やEUROを手に入れてはいる。だけど、バロンドールは手に入れていない」と反撃した。
バロンドールはこれだけ価値のある賞なのだ。ロナウドが語るように、選手が名実ともに自身の栄光を表現するのにこれほど便利な賞はない。
ただ、この賞は攻撃的な選手ばかりが選ばれる傾向にある。DFの選手に至ってはこれまでにベッケンバウアー氏やマティアス・ザマー氏、ファビオ・カンナバーロ氏の3人しか受賞していない。GKに至っては「黒蜘蛛」として有名だったレフ・ヤシン氏のみである。
この傾向の理由としては、「攻撃的な選手の方が見た目でよく目立つから」ということが挙げられる。さらには数字として表れるゴールやアシスト数など、選手の功績を客観的に判断しやすいデータも揃う。
ノイアー自身は、2014-15シーズンにドイツの最優秀選手、CLのベストイレブンに選ばれながらも、バロンドールでは3位に終わった。彼のバロンドール獲得への道は遠く険しいのかもしれない。
しかし、何度も言うが彼は間違いなく世界最高峰のGKだろう。歴代のサッカー界でも最高峰だとする声さえある。
GKというのは選手としての寿命が長いポジションだ。この先も彼が好パフォーマンスを維持し続ければ、あるいはロナウドら優れたアタッカーがサッカー界の表舞台から姿を消せば…。
そんな願いをしてしまうサッカーファンも多いのではないだろうか。