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サッカーと麻雀の超異色二刀流プロ、ラスベガスでの珍体験と今後の夢

ユニフォームを裏返しに着る田島翔とプロ雀士になった田島翔,本人提供
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ユニフォームを裏返しに着る田島翔とプロ雀士になった田島翔,本人提供

江の島FCのボランチ田島翔

エンゼルス大谷翔平の活躍で「二刀流」が日米球界を席巻した2022年。実はひそかにサッカーと麻雀の異色二刀流が誕生していた。

神奈川県サッカーリーグ3部の江の島FCでボランチとしてプレーする田島翔(39)。2022年7月に麻雀のプロ団体「RMU」のプロ試験に合格。晴れてプロ雀士となった。

「麻雀とサッカーに共通するのはミスをする競技ということです。ただ、サッカーはミスをしてもチームメイトが助けてくれますが、麻雀は助けてくれる人がいない。緊張感というか、違った怖さがありますね」

現在は研修中のためリーグ戦には出場していない。念のため断っておくが、麻雀の話だ。細かい説明をするとキリがないため省くが、例えば「ポンは1秒以内が理想、2秒を超えてのポンは禁止」などアマチュアには知る由もないような細かいルールや規定があり、日々勉強中という。

麻雀では駆け出しだが、サッカーでは長いキャリアを誇る。北海道・函館工業高を卒業後、サッカー雑誌に掲載されていた「サッカー留学」の告知を見てシンガポールへ飛んだ。プロにはなれず1年で帰国すると、自ら電話をかけてFC琉球の練習に参加し、念願のプロ契約。5年ほどプレーしたが、右すねを骨折してリーグ戦の開幕に間に合わなかったのを機に、夏開幕のヨーロッパに目を向けた。

選んだのは、憧れの三浦知良がプレーしたこともあるクロアチア。その後もスペイン、ニュージーランド、アメリカ、韓国、サンマリノと海外7カ国をわたり歩き、日本も含めて計18チームでプレーした。代理人もつけず、入団交渉から移動、生活に至るまで全て一人でこなす。その行動力たるや恐るべしだ。

ユニフォームを裏返してプレー

2017年から所属していたアメリカのラスベガス・シティFCでは、日本では考えられない出来事があった。

2018年5月に行われたネバダ州のチームで争うカップ戦の準々決勝。試合開始前に整列すると、対戦相手も自軍もユニフォームが同じ青色で見分けがつかない。オーナーはアウェイ用ユニフォームを忘れたため困り果て、相手チームと相談した結果、なんとユニフォームを裏返して着ることになったという。

「ラスベガスは夏になると50度くらいあるので、裏返しだと汗も吸収しにくくて苦しかったです。日本なら小学生でもこんなことないのになと思いながらプレーしました」

裏返しで背番号が見えないため、審判がイエローカードを出す時だけ表を向けて確認。「相手チームもマークしにくかったと思います」と振り返る通り、裏返しユニフォームのおかげか、田島も自らゴールを決めて3-1で勝利。勢いに乗ったラスベガス・シティは見事にカップ戦で優勝した。

ラスベガス・シティ時代の田島翔

本人提供

留置場で勾留される恐怖体験

しかし、喜びも束の間、今度は信じられないトラブルに見舞われる。

いったん帰国して再渡米した同年夏。現地の空港で入国審査を通過しようとすると足止めをくらった。しばらくすると、ビザに問題があると説明され留置場に連行。何が何だか理解できないまま檻の中に閉じ込められ「明日の朝、日本に帰れ」と一方的に告げられた。

トランプ大統領がメキシコへの締め付けを強めていた時期で、ラスベガス・シティのオーナーがメキシコ人だったことから誤解を生んだのだという。チームの弁護士を呼んで事情を説明してもらい無実の罪は晴れたが、アメリカでのセカンドキャリアを模索していた田島は、さっさと見切りをつけた。

留置場には荷物を持ち込め、携帯電話も使えたため、檻の中から韓国のサッカーチームに自らを売り込むメールを送信。急遽、ソウル・ユナイテッドへの移籍が決まった。この切り替えの早さとフットワークの軽さは、海外をわたり歩いた賜物だ。

反日感情が渦巻いた韓国

田島の波乱万丈のサッカー人生はまだまだ終わらない。韓国では反日派の文在寅大統領が就任し、日本人への風当たりが強くなっていた。

レストランでは日本製のビールは出せないと店の外に捨てられているのを見た。チームからも「練習に来ない方がいい」、相手チームからも「試合に出ないでくれ」などと言われる始末。アメリカに続いて、韓国でも政治の大きな波に翻弄されたのだ。

「チームメイトは優しくて韓国の方も親切。食べ物もおいしいし、住みやすかったです。実際に怖い目に遭うことはなかったんですけどね」

日韓関係の悪化にともない、韓国在住の日本人も次々に帰国。世論の波に押されて出場機会を奪われた田島もやむなく退団した。

コロナ禍のサンマリノでプロ雀士への決意

帰国した田島はFC函館ナチャーロを経て、今度はイタリアの中東部にポツンと存在する小国、サンマリノへ飛ぶ。SSペンナロッサに所属した2020年、今度は新型コロナウイルスの猛威に襲われた。

「クリスマスにロックダウンしていたので小さなカフェしかやってなくて、サンドイッチとコーヒーを買って過ごした時は寂しかったですね。海外ではこんなに規制が厳しいのかと痛感しました」

ペンナロッサ時代の田島翔

本人提供


コロナ禍では試合はおろか、練習すらままならない。仕方なく自宅で好きな麻雀のYouTubeを観たり、ネットの麻雀ゲームをしたりして過ごした。これが田島の運命を大きく変えるのだから人生は分からない。

「年齢的にもサッカーをいつ辞めるか分からないので、目標とか緊張感を持てるようなサッカーに替わるものはないかと考えていたんです。その時、好きな麻雀でプロになりたいと思いました」

ペンナロッサを退団して帰国すると、麻雀を猛勉強。2022年4月7日、39歳の誕生日にRMUのプロ試験に申し込み、7月の筆記、実技、面接試験に合格。見事にリーチ一発ツモを果たした。

「二刀流プロ」の夢

サッカー同様、麻雀の世界も厳しい。麻雀だけで食べていけるプロは一握りで、ほとんどは雀荘でアルバイトをしたり、他の仕事を掛け持ちしているという。田島は江の島FCでプレーしながらサッカースクールも経営し、麻雀講師のサポートなどもして月50万円前後稼いでいるが、明日の保証がない身だけに決して楽ではない。

ただ、麻雀界が盛り上がっていることも肌で感じている。元KAT-TUNの田口淳之介さんや元乃木坂46の中田花奈さんら芸能人がプロ雀士として活躍。サイバーエージェントの藤田晋社長が麻雀のプロリーグ「Mリーグ」を立ち上げ、着実にファンが増えている。

「Mリーグは3000人いるプロの中で30人くらいしか出られないので本当に難しいですが、最終的には目指したいですね」と意気込む。サッカー界での憧れは三浦知良だが、麻雀界での憧れは多井隆晴プロ。今は雲の上の存在だが、いつか真剣勝負を挑みたいという。

「この前、カズさんがPKを決めたのを見て自分も頑張ろうと思いました。同時に多井さんとタイトル戦などの真剣な場で対局するのも夢ですね」

新たな目標を見つけた田島はそう言って目を輝かせる。世界をわたり歩いた異色の二刀流プロの「サッカー&麻雀放浪記」はこれからが本番だ。

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