日本サッカーの界レジェンドが背負った、横浜F・マリノスの背番号10|【SPAIA】スパイア

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日本サッカーの界レジェンドが背負った、横浜F・マリノスの背番号10


横浜F・マリノスの前身、日産自動車サッカー部

2017年現在、Jリーグ発足時から存在するオリジナル10のうち、一度もJ2降格を経験していない2クラブのうちの1つである横浜F・マリノス。Jリーグ発足時から常に強豪クラブであり続けるこのクラブの伝統は、前身である日産自動車サッカー部から始まっている。
日産自動車サッカー部の発足は1972年。ジェフユナイテッド千葉の前身である古河電工サッカー部や、セレッソ大阪の前身であるヤンマーディーゼルサッカー部などに比べると比較的歴史は浅いが、1974年に後に日本代表監督となる加茂周氏をヤンマーディーゼルサッカー部から引き抜き、日本人初のプロ契約監督として招き入れた事から本格的な強化がスタートする。

Jリーグ開幕時には、2度のリーグ優勝、5度の天皇杯優勝、3度のJSLカップ優勝、そしてアジアカップウィナーズカップでも優勝という輝かしい歴史を持つ日本サッカーを代表するサッカークラブとなっていった。
Jリーグ開幕前となる1980年代のサッカー界をリードしたのは、日産自動車サッカー部だったと言っても過言ではないだろう。そんな1980年代の日産自動車サッカー部の10番をつける中心選手だったのが、木村和司氏。横浜F・マリノスの10番の歴史は木村氏から始まった。

「ミスター・マリノス」木村和司氏

明治大学在学中から日本代表の常連だった木村和司氏が、日産自動車サッカー部に加入したのは1981年。現在は解説者として活躍する金田喜稔氏が、高校の先輩であった事が決め手となった。
当時の監督であった加茂氏は、木村氏をウイングからミッドフィルダーへとコンバートする。木村氏は2年目の1982年から背番号10番を背負い、日本を代表する攻撃的ミッドフィルダーへと進化していくこととなる。当時の日本サッカー界では、芸術的で珍しかったフリーキックを武器とするゲームメーカーとなった。

10番を背負い日本代表として活躍をみせると、日産の10番どころか日本の10番として知られることとなり、1983年、1984年の2年連続年間最優秀選手に選ばれた。また1986年には、当時のプロサッカー選手登録制度「スペシャル・ライセンス・プレーヤー」の第1号選手となった。
1993年にJリーグが発足し横浜マリノス(現横浜F・マリノス)が誕生すると、「ミスター・マリノス」と呼ばれるようになり、変動背番号制だった当時も木村氏が先発する時は、常に10番を背負い続けた。

ボリビアの皇帝、バルディビエソ氏

木村氏が不在の試合や引退後の数年間は、主に山田隆裕氏や三浦文丈氏が10番を背負う形だったが、1997年に固定番号制が始まると、山田氏は22番、三浦氏は11番と10番を背負わなかった。
この時10番をつけたのは、ボリビア代表の司令塔バルディビエソ氏だ。
元ボリビア代表監督のハビエル・アスカルゴルタ氏が、横浜マリノス(現横浜F・マリノス)の監督に就任すると、ボリビア代表の中心選手だったバルディビエソ氏を、アルゼンチンの強豪ニューウェルス・オールドボーイズから引き抜いたのだ。皇帝の異名を持つバルディビエソはスルーパスを武器に、司令塔として横浜マリノス(現横浜F・マリノス)で活躍した。
同じ1997年に高卒新人として加入した中村俊輔選手と共にチームを牽引していく。中村俊輔選手がプロ2年目となる1998年に決めた初のハットトリック1点目は、現在でも得意としているフリーキックだったが、2点目、3点目はバルディビエソ氏のアシストから決めている。

10番が似合う男、中村俊輔選手

バルディビエソ氏が退団した1999年から、背番号10番は中村俊輔選手がつける事になる。
中村俊輔選手が横浜F・マリノスで10番を背負うのは、1999年からイタリアのレッジーナに移籍した2002年夏までの3年半と、スコットランドのセルティックを経由し、スペインのRCDエスパニョールから復帰した後の2014年から2016年までの3年間の合計6年半だ。
一方で背番号25番だった期間も、新人だった1997年からの2年間と、RCDエスパニョールから復帰直後の2010年から2013年までの4年間の計6年間とほぼ変わらない。だが、横浜F・マリノスの10番といえば、中村俊輔選手というイメージを持つ方が多いだろう。
芸術的なFKを武器とするゲームメーカーは、日本代表でも2003年から10番を背負い、最も10番が似合う日本人選手といえる。
中村俊輔選手も木村和司氏同様に、10番には強いこだわりを持つ選手だ。

遠藤彰弘氏、山瀬功治選手、小野裕二選手が引き継いだ10番

中村俊輔選手がヨーロッパの舞台で戦っていた頃、横浜F・マリノスの10番は3人の選手がつけていた。
まず最初に10番を引き継いだのは、遠藤彰弘氏だ。ガンバ大阪の遠藤保仁選手の兄としても知られる遠藤彰弘氏は、決して派手な選手ではなかったが、抜群の安定感を見せるプレーメーカーとして活躍。しかし10番をつけたのは2004年の1年のみで、2005年には8番に戻すこととなる。

2005年から10番をつけたのは山瀬功治選手だ。当時、横浜F・マリノスの監督がコンサドーレ札幌(現北海道コンサドーレ札幌)時代の恩師である岡田武史氏だった事もあり、横浜F・マリノスへ移籍すると1年目から10番を背負い躍動を見せる。
中村俊輔選手や木村和司氏の様なゲームメーカータイプではないが、センスあふれるアタッカーとして、2006年からは日本代表にも定着した。また、元韓国代表の朴智星氏は同年代だった事もあり、山瀬功治選手を高く評価していた。

山瀬功治選手が退団後、10番をつけたのはユース出身の小野裕二選手だ。クラブ史上初となるユース出身の10番(中村俊輔選手はジュニアユースから桐光学園高等学校に進学後加入)で、高校3年時から既に2種登録選手として活躍をみせていた事から、トップチームに正式加入した1年目から10番を背負うこととなった。

10番を背負う覚悟を決めた、齋藤学選手

中村俊輔選手が横浜F・マリノスからジュビロ磐田に移籍した、17年の1月15日に行われた2017年新体制発表会で発表された背番号リストでは、10番は欠番となっていた。
このリストで前年に引き続き11番となっていた齋藤学選手は、登録選手で唯一契約更新や他クラブへの移籍が発表されていない選手となっており、海外移籍が濃厚だと見られていた。
しかし2017年2月8日に横浜F・マリノスは、齋藤学選手と2017年度の契約更新を発表する。合わせて背番号も1月15日に発表されたリストにあり、前年までつけていた11番ではなく、10番へと変更されることも発表された。この背番号変更は本人が希望したものだという。

齋藤選手はドリブラーで、中村俊輔選手とはプレースタイルも全く異なる。10番になったからといって突然何かが変わる訳でもないが、齋藤選手は自分にプレッシャーをかける意味で、伝統の横浜F・マリノスの10番を付ける事を希望し、移籍した前任者中村俊輔選手と連絡をとり、その旨を伝えたそうだ。
木村和司氏から始まり、偉大なる先輩が引き継いだ横浜F・マリノスの10番は、斎藤選手が未来へと繋いでいくこととなる。

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