「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

引退する大久保嘉人の歴代最多得点記録からのぞくJリーグ「空洞化問題」

2021 11/23 06:00中島雅淑
セレッソ大阪の大久保嘉人,Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

J1通算191ゴールの点取り屋

日本サッカー界の最前線を走り続けた男がスパイクを脱ぐ。

セレッソ大阪の元日本代表FW大久保嘉人が今シーズン限りで現役引退することを発表した。前人未到のJ1通算200ゴールまであと9と迫る191得点をマークしている男は、自らのプロキャリアをスタートさせた古巣で長い旅路を終えることになる。サッカーを「仕事」と割り切る男の波乱に満ちたキャリアはJの縮図そのものだった。一体そこから何を見て取ることができるだろうか。

福岡県出身の大久保は早くして長崎に渡り、恩師と慕う小嶺忠敏氏の指導の下、中学時代からその才能を開花させていった。そして、名門・国見高校に進学後は2年時にレギュラーをつかむと最上級生となった2000年には絶対的エースとして君臨。総体、国体、選手権の3冠を達成し、総体と選手権では得点王に輝くなど超高校級の活躍を見せ、鳴り物入りでセレッソ大阪に入団した。プロ入り後は1年目から出場機会を得て、将来性を感じさせたものの、一方で気性の荒さも目立った。

「事件」として今も記憶に残る一つのゲームがある。03年5月に弱冠二十歳にして日本代表デビューを飾るなど、まさに順風満帆のキャリアを歩んだが、同年12月に行われた東アジア選手権を記憶している人も多いのではないか。

東アジアサッカーのレベル向上を目指してこの年から始まった大会だったが、最終節の韓国戦(横浜国際総合競技場)で大久保は2枚のイエローカードにより退場処分となっている。しかも1枚はシミュレーションによるものであり、10人による戦いを余儀なくされた日本代表はホームでの開催ながら、ライバル韓国にタイトルを許すという屈辱の結果に終わった。

海外クラブへの移籍増加で難易度高まる記録更新

才能はありながらも精神的に未成熟な面があり、それを生かしきれない悪癖を覗かせたが、大舞台を経験することで徐々に洗練されていく。

翌年にはアテネ五輪のメンバーに選出され、チームはグループステージ敗退に終わったが、自身は最終戦のガーナ戦で決勝ゴールを挙げ、戦犯としてこき下ろされた横浜の冬から約半年で見違える成長を見せた。そしてついにスペイン・マジョルカへと移籍を果たす。

海外での経験を経てさらにストライカーとしての価値を高めていくと、10年には「子供のころからの夢だった」という南アフリカW杯に出場。攻撃のキーマンとして日本の決勝トーナメント進出に貢献した。その後移籍した川崎Fでは前人未踏の3年連続得点王を獲得するなど日本を代表する点取り屋として名を残し、そのキャリアを終えようとしている。

ここまで大久保の足跡を振り返ってみたが、特筆すべき「Jリーグ歴代最多得点」が塗り替えられる日は来るのだろうか。このテーマはJリーグが現在抱える課題とも背中合わせと言える。

最多得点記録の大久保に続くのは161ゴールの佐藤寿人、158ゴールの興梠慎三だ。いずれも日本代表として活躍した選手で様々なゴールシーンが思い起こされるが、両選手ともJリーグのみでそのキャリアを歩んでいる。

Jリーグの得点記録に名を残すならば、当然、出場数を増やすことは絶対条件だ。しかし、現在Jリーグをある意味踏み台にして、若いうちから海外クラブへ羽ばたいていくキャリア形成は主流になりつつある。

W杯に6大会連続出場を果たしたことにより、世界はより身近なものになった。選手たちにとって、よりレベルの高いリーグでプレーしたいと考えるのは当然だろう。ただ、国内リーグが空洞化しかねないことは由々しき問題でもある。

安い移籍金でも海外挑戦を容認すべきなのか

Jリーグの各クラブは選手の移籍願望と移籍金の綱引きで悩まされる。プロとして、よりハイレベルの環境を求める選手たちの海外志向を止めることはできない。なかには海外移籍を容認し、オファーが来たときは最大限それを考慮することを契約に盛り込んでいるクラブもあるという。

とはいえ、まだまだフットボールの地図上で見た日本人の評価は低い。移籍金の額がそれを明確に表している。各クラブが主力選手を売却しても、得られる移籍金が見合っているとは言えないのが現状だ。それでも、経営的な側面から渋々選手を送り出すクラブも少なくないだろう。

例えば、今夏川崎Fからプレミアリーグ・ブライトン(労働許可証が下りないため、ベルギーリーグへレンタル)へ完全移籍した日本代表MF三笘薫の移籍金は推定300万ユーロ(約3億9000万円)だったと報じられている。

放出した選手の穴埋めといっても、そう簡単に代役が見つかるものではない。まだまだサッカー文化が根付いていない日本では、人気選手の放出が観客動員に影響することもあるだろう。三笘は移籍当時はA代表を経験していなかったため300万ユーロは異例の高額だったとされるが、そうしたクラブの収支にまでかかわってくる問題を加味すると安いという見方もできる。

本来ならば下部組織を充実させて、次から次へと選手が出てくるようなプラスの循環を作りたいところだが、それには予算と時間が必要だ。まだJリーグに「育てて売る」というメカニズムは完全にはできていないと言える。

簡単に解決できる問題ではないが、Jリーグが魅力あるリーグに成長していけば選手も定着していく。そうすれば有名な外国人選手の獲得も視野に入ってくるだろう。そのためには選手の海外志向は尊重するとしても、移籍金を妥協せずしっかりと確保することが重要ではないだろうか。

今まで以上の資金を確保できるようになれば、下部組織からより優秀な人材が育て上げる土壌ができる。その移籍金を元手に海外から有力選手を獲得することもできるようになるだろう。リーグ全体が活気づけば、選手の処遇も欧州並みに上がる期待も持てる。将来、最多得点記録を塗り替えるようなストライカーが現れたその時は、Jリーグは一段階上のレベルに行った証明となるはずだ。

【関連記事】
サッカー日本代表に新戦力台頭、大迫勇也、柴崎岳、長友佑都の起用法に疑問符
超絶ドリブラー、三笘薫が森保ジャパンの救世主になれた理由
強すぎる青森山田の弊害、高校サッカー界は「無敵の1強」より底辺拡大を