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サッカー日本代表の歴代戦士たち~背番号22の意味

2017 1/30 21:29
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Photo by Erik Kalibayev/Shutterstock.com

サッカー日本代表における『背番号22』の意味とは……。まさに選手の『顔』とも呼べるスポーツ選手の背番号。歴代の22番を背負った選手はどんな人たちなのだろうか?選ばれし戦士たちの背中に注目していこう。

『背番号22』を背負う意味とは……

サッカーの背番号は基本的に若い番号が後ろのポジションで、大きい番号は前線のポジションを任される選手に与えられる。ただし、20番台となると主に控え選手に与えられる番号となり、一般的には特別な意味を持つ番号ではない。そんな中、自ら好んで背番号22を求める選手もいる。
例えば日本代表でも背番号22を背負った横浜F・マリノスの中澤佑二選手は、"プロになって初めてもらった番号"という理由で選び続けたというエピソードもあるそうだ。

初の愛媛県出身W杯代表 福西崇史選手

福西崇史選手はコパ・アメリカの大会で、日本代表として背番号22を背負っていた。その後、2002年に開催された日韓W杯からは背番号15に変更となったものの、福西選手の日本代表人生は『背番号22』から始まったのだ。なお、福西選手は愛知県出身者で初となるサッカーW杯出場を果たした人物だ。その功績を称えられ、2002年の日韓W杯終了に愛知県から『文化・スポーツ賞』を贈られた。
現在は現役を引退し、タレントとして第二の人生を歩んでいる。

思い入れの深い『背番号22』 中澤佑二選手

サッカー日本代表の歴史の中で、もっとも多く『背番号22』を背負ったのがこの人物ではないだろうか。その人物こそ、長く日本代表の中心として活躍をみせた中澤佑二選手だ。
中澤選手が背番号22を選び続けたのは、"プロになって初めてもらった番号"だったという理由からだった。ブラジルへのサッカー留学経験もある経歴をもつ中澤選手だが、国内Jリーグとの契約までには様々な苦労があった模様。だからこそ、プロ入り後に初めてもらった『背番号22』には人一倍の思い入れがあったのかもしれない。

日本代表のシンデレラボーイ 鈴木隆行選手

2001年サッカー日本代表に初召集された鈴木隆行選手。代表デビューを果たした後、日本で開催されたFIFAコンフェデレーションズカップで当時のトルシエ監督に見出され初のスタメンに抜擢。2得点を挙げ、一躍"シンデレラボーイ"としてマスコミを騒がせた。
その鈴木選手が2001年に日本代表へ初召集された時に背負っていたのが『背番号22』だ。その後は主に背番号11を背負うことになるが、世間を騒がせた"シンデレラボーイ"の始まりはこの番号からだったようだ。

世界を舞台に活躍を続ける 吉田麻也選手

2016年現在、主に『背番号22』を背負っているのが吉田麻也選手だ。子供のころ家族で名古屋を訪れるついでに名古屋グランパスのユースセレクションの受験を受け、合格が70人中4人だったという狭き門を勝ち抜けた才気あふれる選手だ。2009年にサッカー日本代表へ初召集。若手中心のメンバーで試合に臨む方針のチームで世界デビューを果たす。
現在は海外のクラブチームでその力を発揮している吉田選手。日本代表でもさらなる活躍に期待がかかる。

まとめ

サッカー日本代表における『背番号22』は、若い番号に比べたら地味なイメージも拭えないかもしれない。しかし、控え選手には次世代を担う若き戦士が眠っている。今後も歴代の『背番号22』選手たちに注目していこう。

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