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サッカー日本代表で背番号15を背負った歴代の選手を紹介!

2017 1/30 21:29
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出典: vectorfusionart / Shutterstock.com

サッカーの背番号は、近年ポジションを表す以外にも様々な理由で付けられることがある。選手が好きな番号を選んで付けるということもあるだろうし、憧れの選手の背番号と同じものを付けるという場合もあるだろう。 今回は、そんな背番号の15に注目して、日本代表選手を紹介する。

サッカーで背番号15をつける意味とは?

サッカーにおいて、背番号は選手のポジションを表すために付けられることが多い。フォーメーションにもよるが、ゴールキーパーの1番からポジション位置がフィールド中央に近づくにつれて数が増えていく。
そうだとすれば背番号15番にはどのような意味があるのだろうか。サッカーは1チーム11人で行われる競技であることから、15番は補欠の選手に使用されることの多い番号とも言うことができる。もちろん背番号15番をつけて大活躍する選手は存在するし、自ら15番を選ぶレギュラー選手もいるだろうが、番号自体に大きな意味はないようだ。

サッカー日本代表背番号15:ミスターセレッソ森島寛晃選手

森島寛晃(もりしまひろあき)選手は、1972年に生まれた。1991年に当時はヤンマーディーゼルエンジン(現・セレッソ大阪)に入団した。その後、2008年に引退するまで同一チームでプレーした。セレッソ大阪の象徴的存在として、ミスターセレッソと呼ばれることがある。
日本代表としては、1995年から国際試合に出場しており、2002年までで通算64試合に出場し、12ゴールを挙げている。

サッカー日本代表背番号15:愛称は「フク」福西崇史選手

1976年生まれ、愛媛県出身の福西崇史(ふくにしたかし)選手。主にミッドフィルダーとして活躍し、1995年に入団したジュビロ磐田からFC東京、東京ヴェルディと渡り歩いた。2009年に現役引退を表明している。
1999年から日本代表としてプレーしており、2006年まで64試合に出場し、7得点を挙げている。2002年や2006年に行われたワールドカップでは背番号15番を付けてプレーに臨んだ。

サッカー日本代表背番号15:鉄人と呼ばれた今野泰幸選手

1983年に宮城県仙台市で生まれた今野泰幸(こんのやすゆき)選手。ミッドフィルダーやディフェンダーとして活躍している。
プロとしてのキャリアは、2001年のコンサドーレ大阪からスタートしており、FC東京に移籍後2012年からガンバ大阪でプレーしている。
日本代表としては、2005年から2015年で通算87試合に出場している。2010年や2014年のワールドカップなどの国際試合では、背番号15を付けてプレーをしていた。

サッカー日本代表背番号15:引退後は高校の監督経験も!奥大介選手

1976年生まれ兵庫県出身の奥大介(おくだいすけ)選手は、1994年からプロとしてのキャリアをスタートさせた。ジュビロ磐田でデビューした後、横浜F・マリノス、横浜FCと渡り歩き2007年に現役引退している。ポジションはミッドフィルダーで試合終盤になっても衰えないドリブルなどを武器に活躍した。
日本代表としては、1998年から2004年にかけて通算26試合の国際Aマッチに出場しており、2ゴールを挙げている。2000年に行われたアジアカップで背番号15を付けていた。

まとめ

サッカー日本代表で背番号15を背負った歴代の選手を紹介した。得点を決めるエースストライカーというよりは、いぶし銀のプレーが光る選手たちが多い印象だろうか。背番号に注目してサッカー観戦をしてみるもの楽しいかもしれない。

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