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サッカー日本代表で背番号15を背負った歴代の選手を紹介

2021 9/28 11:30
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Ⓒゲッティイメージズ

サッカーの背番号は、近年はポジションを表す以外にも様々な理由でつけられることがある。選手が好きな番号を選んでつけるとこともあるし、憧れの選手と同じ背番号をつける場合もあるだろう。日本代表で背番号15をつけてきた選手を紹介する。

サッカーで背番号15をつける意味とは?

サッカーにおいて、背番号は選手のポジションを表すことが多い。フォーメーションにもよるが、ゴールキーパーの1番からポジション位置がフィールド中央に近づくにつれて数が増えていく。

そうだとすれば背番号15にはどのような意味があるのだろうか。サッカーは1チーム11人で行われることから、15番は補欠の選手がつけることの多い番号とも言うことができる。もちろん背番号15をつけて大活躍する選手は存在するし、自ら15番を選ぶレギュラー選手もいるだろうが、番号自体に大きな意味はないようだ。

サッカー日本代表背番号15:ミスターセレッソ森島寛晃選手

森島寛晃選手は1972年に生まれ、1991年に当時のヤンマーディーゼル(現セレッソ大阪)に入団した。その後、2008年に引退するまで同一チームでプレー。セレッソ大阪の象徴的存在として、ミスターセレッソと呼ばれる。

日本代表としては、1995年から国際試合に出場しており、2002年までで通算64試合に出場し、12ゴールを挙げている。

サッカー日本代表背番号15:愛称は「フク」福西崇史選手

1976年生まれ、愛媛県出身の福西崇史選手。主にミッドフィルダーとして活躍し、1995年に入団したジュビロ磐田からFC東京、東京ヴェルディと渡り歩いた。2009年に現役引退している。

1999年から日本代表としてプレーしており、2006年まで64試合に出場し、7得点を挙げている。2002年や2006年に行われたワールドカップでは背番号15をつけてプレーした。

サッカー日本代表背番号15:鉄人と呼ばれた今野泰幸選手

1983年に宮城県仙台市で生まれた今野泰幸選手。ミッドフィルダーやディフェンダーとして活躍している。

プロとしてのキャリアは、2001年のコンサドーレ札幌からスタートしており、FC東京に移籍後2012年からガンバ大阪でプレーしている。

日本代表としては、2005年から2015年で通算87試合に出場。2010年や2014年のワールドカップなど国際試合では、背番号15をつけてプレーしていた。

サッカー日本代表背番号15:ドリブル武器の奥大介選手

1976年、兵庫県出身の奥大介選手は、1994年からプロとしてのキャリアをスタートさせた。ジュビロ磐田でデビューした後、横浜F・マリノス、横浜FCと渡り歩き2007年に現役引退している。ポジションはミッドフィルダーで試合終盤になってもスピードあふれるドリブルを武器に活躍した。

日本代表としては、1998年から2004年にかけて国際Aマッチ26試合に出場しており、2ゴールを挙げている。2000年に行われたアジアカップで背番号15を付けていた。

サッカー日本代表背番号15:「半端ない」大迫勇也選手

大迫勇也選手は1990年、鹿児島県出身で、鹿児島城西高時代に冬の選手権で10ゴール10アシストを挙げて準優勝に貢献。敗れた滝川第二の選手が試合後に「大迫、半端ないって」と実力に驚嘆した様子が話題を呼んだ。

プロ入り後は鹿島アントラーズで5シーズンプレーし、2014年にドイツのブンデスリーガTSV1860ミュンヘンへ移籍。1.FCケルン、ヴェルダー・ブレーメンと渡り歩き、2021年にヴィッセル神戸入りして7年半ぶりのJリーグ復帰となった。日本代表では2018年のロシアW杯に出場している。

日本代表で背番号15をつけた歴代の選手たちは、得点を決めるエースストライカーというよりは、いぶし銀のプレーが光る選手が多い印象だろうか。背番号に注目してサッカー観戦をしてみるもの楽しいかもしれない。

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