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サッカー日本代表で背番号14を背負った歴代の選手を紹介!

2017 1/30 21:29
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出典: Photo_DDD /Shutterstock.com

サッカー観戦をしていると、色々な番号を付けた選手がいることに気が付くだろう。最近では選手が好きな数字を選ぶことが多いので、55や77など大きな数字を背負っている選手も少なくないが、今回は、そんな背番号の特に14番に注目して、日本代表の歴代選手を紹介する。

サッカーで背番号14をつける意味とは?

サッカーでは、歴代の名選手が使用した番号に憧れて、その後も同じようなタイプの選手がその背番号を使用することがある。サッカーの神様と呼ばれたペレ選手が背番号10を付けていた影響で、その後10番を付けている選手はそのチームのエースであるという認識が浸透したこともあった。
そのような意味で背番号14番を考えてみると、オランダの伝説的選手、ヨハン・クライフ選手が使用した背番号という印象が強い。ヨハン・クライフ選手がテクニシャンだったこともあり、背番業14番を付けている選手は技術的に長けている選手というイメージもある。

サッカー日本代表背番号14:野人と呼ばれた岡野雅行選手

1972年生まれの神奈川県出身の岡野雅行選手。フォワードやミッドフィルダーでプレイすることの多い選手だったが、そのプレイスタイルから現役時代は野人というニックネームがついていた。
プロとしてのキャリアは1994年の浦和レッズダイヤモンズからスタートする。その後、ヴィッセル大阪、浦和レッズダイヤモンズ、ガイナーレ鳥取と渡り歩き2013年に引退を表明した。
日本代表としては1995年から1999年にかけて25試合に出場しており、1998年のワールドカップでは背番号14番を付けていた。

サッカー日本代表背番号14:日本に帰化した三都主アレサンドロ選手

三都主アレサンドロ(さんとすあれさんどろす)選手は、1977年ブラジルに生まれた。父親がプロのサッカー選手だったこともあり、16歳ですでにプロデビューを果たしていた。
日本では1997年に清水エスパルスでプロのキャリアをスタートさせた。その後、様々なクラブチームを渡り歩き、現在はブラジルでプレイを続けている。
日本代表としては、2002年から国際大会に出場しており、2006年まで数々の試合で背番号14を背負ってプレイしている。

サッカー日本代表背番号14:川崎フロンターレ一筋!中村憲剛選手

中村憲剛(なかむらけんご)選手は、1980年に東京都で生まれた。小学生からサッカーを始め、2003年に川崎フロンターレでプロデビューを果たした。その後、現在に至るまで同チームでプレイを続けている。ポジションは主にミッドフィルダーで、向上心を失わない姿でチームに貢献してきた。
日本代表としては、2006年から試合に参加しており、これまで国際Aマッチに68試合出場し、通算で6得点を挙げている。2010年に開催されたワールドカップなどで背番号14番を背負って活躍している。

サッカー日本代表背番号14:サンフレッチェ広島で活躍!青山敏弘選手

青山敏弘(あおやまとしひろ)選手は、1986年に岡山県で生まれた。2004年にサンフレッチェ広島に入団後、現在に至るまで同チームでプレイを続けている。ポジションはミッドフィルダーで、豊富な運動量で攻撃と守備をこなす。
日本代表として2013年から2015年にかけて試合に出場しており、これまでに国際Aマッチでは1得点を挙げている。背番業14番を背負っていたのは、2014年にブラジルで行われたワールドカップの時だった。

まとめ

今回はサッカー日本代表で背番号14を背負った歴代の選手を紹介した。どちらかといえばテクニック重視の選手が多い印象だろうか。人によってそれぞれ違うイメージを各背番号に持っているかもしれないが、試合観戦時など選手の使用している番号に注目してみるのも一興だ。

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