スキーモ(山岳スキー)とは?
雪山を駆け上がり、板を履いたまま滑降する。2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪で初めて正式種目となるスキーモ(山岳スキー)は、心拍数が限界まで上昇する登坂と、高度な滑走技術を同時に要求する登山とスキーが融合したスポーツだ。
スキー板の底にシール(登坂用滑り止め)を装着して雪山を登り、頂上でシールを外して滑降する競技。登りと滑りを繰り返し、総合タイムを競う。
スキーモを一言で表現するなら、雪山版トレイルランニングに滑降技術を加えた競技だ。ただし、過酷さの次元が異なる。
第一の過酷さは、標高差1000mを超える登坂を板を履いたまま行う点にある。トレイルランニングでは足だけで推進力を生み出すが、スキーモではストックを使った全身運動が必須となる。両腕で雪面を押し込み、脚で板を蹴り上げる動作を数千回繰り返す。世界トップ選手でも、標高差1000mの登坂に30分以上を要する。この間、心拍数は最大値の90%以上を維持し続ける。
第二の過酷さは、気温と体温の極端な変化への対応だ。登坂中は激しい運動で体温が上昇し、大量の汗をかく。しかし頂上到達後、わずか30秒でシールを外して滑降に転じる際、気温マイナス10度以下の環境で時速50kmを超える速度が身体を冷やす。体温調整を誤れば低体温症のリスクが生じる。選手たちは薄手のウェアを重ね着し、登りでは脱ぎ、滑りでは着るという作業を斜面の途中で繰り返す。
第三の過酷さは、滑降時の判断速度にある。アルペンスキーのように整備されたコースではなく、自然の斜面を滑る。雪質は刻一刻と変化し、アイスバーン、深雪、クラストした雪面が混在する。時速40kmで滑走しながら、次の1秒でどのターンを選択するかを決断する。判断ミスは転倒を意味し、1度の転倒でレースから脱落する選手も珍しくない。
超軽量ギアが支える驚異の登坂速度
スキーモといえば徹底的なギアの軽量化も特徴だ。板、ビンディング、ブーツを合わせた片足の総重量は、トップモデルで800g前後に到達している。
カーボンファイバーとウレタンコアの組み合わせから生まれた板は、従来のアルペンスキー板が片足1500g以上あるところ、スキーモ用レーシングモデルは600g台を実現する。板の長さは身長マイナス10cm程度に短縮され、幅も60mm前後と極細だ。ただし軽さと引き換えに耐久性は犠牲となり、トップ選手は1シーズンで5セット以上の板を消耗する。
ビンディングは、登りと滑りの切り替え機構に技術革新が集中している。登坂時はかかとが上下に可動し、滑降時は完全に固定される。この切り替えをワンタッチで行える機構の重量は、両足で200g程度まで軽量化された。スイスのメーカーが開発した最新モデルは、チタン合金とカーボン複合材を使用し、強度を保ちながら150gを切る。
ブーツは、フィット感と軽さの両立が最大の課題だった。登坂時は足首の可動域を確保し、滑降時は確実にエッジをコントロールする必要がある。現在の主流は、インナーブーツに熱成形可能な素材を採用し、選手の足型に完全適合させる方式だ。アウターシェルはグリラミド樹脂製で、片足350g程度に抑えられている。
全身の徹底的な軽量化が驚異的な速度での登坂を可能にする。世界トップ選手は標高差1000mをなんと30分で駆け上がるのだ。一般的な登山者が3時間かけて登る距離だ。スキーモ競技者の心肺能力は、最大酸素摂取量で測定すると75ml/kg/分を超える。これは一般成人男性の平均値40ml/kg/分の約2倍に相当する。
2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪では、男女個人レース、スプリント、リレーの3種目が実施される。コースは標高差1000m以上、総距離10km前後が想定されている。日本からの出場はないが、人間の心肺機能と筋持久力の限界に挑む競技は一見の価値ありだ。
日本の山岳文化が変わる?五輪採用がもたらす「バックカントリー」の新基準
ミラノ五輪でのスキーモ(山岳スキー)正式採用は、日本の山岳スポーツ文化に大きな変革をもたらそうとしている。
とりわけ注目すべきは、バックカントリースキーの安全基準が、競技スポーツの視点から再定義されつつあることだ。従来のバックカントリーは「自己責任」という曖昧な原則のもと、装備や技術の基準が明文化されていなかった。
しかしスキーモ競技の普及により、雪崩トランシーバー、プローブ、ショベルの携行が標準装備として認識され始めている。日本山岳ガイド協会は2024年、スキーモの指導者資格制度を新設し、技術体系の整備に着手した。
若年層の山岳スキー人口が、競技を入口として拡大している。日本スキー登山協会の統計によれば、2020年から2025年の5年間で、30歳未満の競技登録者数が3.2倍に増加した。背景には、トレイルランニング経験者がオフシーズンのトレーニングとしてスキーモを選択する傾向がある。心肺機能と脚筋力の強化という点で、両競技の親和性は極めて高い。
用具メーカーの市場参入が加速し、価格帯に多様性が生まれている。5年前まで、スキーモ用具一式は40万円以上が標準だった。しかし五輪種目化を見据え、国内メーカーが15万円台のエントリーモデルを投入した。板の素材をカーボンからグラスファイバーに変更し、ビンディングの機構を簡略化することで、競技入門者の経済的障壁を下げている。
五輪採用を契機とした安全意識の高まりや若年層の参入、そしてギアの普及。スキーモは冬の山岳スポーツにおける「新たなスタンダード」へと発展しようとしている。2026年、銀世界を駆け上がるアスリートたちの姿は、私たちに雪山の新しい楽しみ方と可能性を提示してくれるはずだ。
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