ベテラン解説者が漏らした「退屈だ」
スノーボード男子ビッグエア。ミラノ・コルティナ五輪の舞台で、日本勢が歴史的な瞬間を刻んだ。1位に木村葵来、2位に木俣椋真が輝くワンツーフィニッシュを成し遂げ、アジア勢の圧倒的な実力を世界に見せつけた。しかし、日本中が歓喜に沸く裏側で、全米放送網NBCの配信プラットフォーム「Peacock」では、競技の余韻をかき消すような「放送事故」が発生していた。
事故の主役となったのは、1998年長野五輪にも出場した伝説的な元スノーボーダーであり、解説者として6大会目のキャリアを持つトッド・リチャーズ氏である。決勝の競技が終了し、コマーシャルに入ったと誤認したリチャーズ氏は、マイクが生きているとは知らずに「あれは退屈だった。本当に退屈だった。予選の方がよっぽどエキサイティングだった」と発言した。
リチャーズ氏は後に、不注意について認めた上で、発言内容については「スノーボーダーとしての専門的見解」であるとし、今大会の会場設定によるトリックの制限や、高回転を重視しすぎる採点基準への不満が、意図せぬニュアンスで伝わってしまったと釈明した。
リチャーズ氏は、北京五輪の際に平野歩夢選手が世界で初めて五輪の舞台で決めた大技「フロントサイド・トリプルコーク1440」を含む2本目の演技が、それよりも低い難易度の技で構成された演技を下回る得点を与えられた際に、「どこから減点する要素があるのか」と激怒した過去がある。
特定の選手への攻撃ではなく、その是非はさておき、競技の未来を憂うがゆえの言葉であったと考えられるが、タイミングと表現の過激さが歓喜の瞬間に冷や水を浴びせる結果となった。
歴史認識を問われたアジア分析官
オリンピックの熱狂と緊張は、時にメディア人間の理性を麻痺させる。リチャーズ氏の事例は競技愛ゆえの「本音」という側面があったが、過去には悪意や偏見が露呈し、取り返しのつかない事態を招いたケースも少なくない。
2018年平昌五輪の開会式において、NBCのアジア分析官ジョシュア・クーパー・ラモ氏は、日本選手団の入場時に致命的な失言を残した。
ラモは氏、日本による朝鮮半島の植民地支配に触れた際、「すべての韓国人は、日本が自国の変革にとって非常に重要な文化的、技術的、経済的な手本であると言うでしょう」と解説した。
歴史的感情を無視した表現は、韓国内で猛烈な反発を呼び、外交問題へと発展した。NBCは当初、SNS等での抗議を無視していたが、韓国国内での反発が国際的なニュースとなり、公式署名が1万人を超えたことでようやく謝罪とラモ氏の降板を発表した。この「後手に回った対応」が、自社のブランドを守るための「トカゲのしっぽ切り」として批判されることにもなった。
14歳に向けられた「死んだ豚」の暴言
2016年リオデジャネイロ五輪では、カナダ国営放送CBCの競泳解説者バイロン・マクドナルド氏による、アスリートへの敬意を著しく欠く発言が波紋を広げた。
女子リレー終了後、マイクが切れていると思い込んだマクドナルド氏は、中国の14歳、艾衍含(アイ・イェンハン)に対し、「あの中国の14歳がヘマをしたよ。舞い上がって勢いよく飛び出したが、死んだ豚のように失速した。ざまあみろ」と口走った。
この発言は、カナダが銅メダルを獲得し、中国が4位に終わった直後に行われたもので、自国の勝利に興奮するあまりの極めて不適切な言葉遣いであった。自国の勝利に興奮した末の暴言は中国国内で怒りを爆発させ、CBCが数百件の謝罪リプライを送るという異例の事態に発展した。マクドナルド氏も翌日の放送で「選手としてではなく、パフォーマンスについて述べた言葉だったが、不適切だった」と謝罪した。
時代錯誤なステレオタイプで解雇
ジェンダー平等が叫ばれた2024年パリ五輪でも、旧態依然とした価値観による事故は起きた。ユーロスポーツのベテラン、ボブ・バラード氏は、競泳女子リレーで金メダルを獲得したオーストラリアチームが会場を後にする姿に対し、「女性がどんな感じか分かるでしょう。うろうろして、メイクをしているんですよ」というような性差別的な発言を行った。
隣の解説者が即座にたしなめたものの、バラード氏は笑い飛ばした。ユーロスポーツは24時間以内にバラード氏を解説者リストから削除した。バラード氏はその後、SNSで「誰かを蔑む意図はなかった」と謝罪したが、現代のスポーツ放送において「女子選手は競技後にメイクで時間を浪費する」といったステレオタイプな発言が、もはや「冗談」として通用しないことを示す象徴的な事件となった。
SNS時代の視聴者の目
なぜ世界最高峰の舞台で、経験豊富なプロたちが炎上を繰り返すのか。
現代の中継はデジタルプラットフォームへの移行により配信時間が長時間化し、技術的な切り替えの「隙」も生まれやすくなっている。それと同時に、視聴者がSNSを通じてメディアを監視し批判しやすくなったことで、解説者やキャスターに要求される倫理観はかつてないほどに高まっている。
インターネットが普及する以前には見過ごされていたはずの「楽屋裏の独り言」は、今や瞬時に録画され、世界中に拡散される。スノーボード界の英雄が放った「退屈」という言葉は、競技の質を問う正当な批評だったのか、それとも中継の神聖さを汚す不注意だったのか。SNS時代の視聴者の目は、鋭く厳しい。
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