ジャパンの弱点を突いてきたアルゼンチン
スクラムから得たペナルティーキックを、アルゼンチン選手がタッチに蹴出したと同時に、レフェリーが長い笛を吹き、両こぶしを上に突きあげた。ノーサイド。試合終了の合図だ。
10月8日に行われたラグビー日本代表(以下ジャパン)vsアルゼンチン代表戦の最終スコアは27-39。善戦と言ってよい内容ではあったが、敗れたジャパンは予選プール2勝2敗となり、決勝トーナメント進出の望みを断たれた。1ケ月に及んだジャパンの2023フランスW杯の戦いは終わりを告げた。
試合は開始2分のアルゼンチンの先制トライから始まった。ラインアウトからのモールでFWの機動力を殺してBKの1対1のデイフェンスシーンを作り出し、CTBチョコバレスのフィジカルの強さを活かした突破で獲ったトライ。ジャパンの立ち上がりの悪さを見事に突いたこのトライは、先制点を取って、アルゼンチンの焦りを誘いたかったジャパンの出鼻を文字通りくじいた。
このトライを含め、アルゼンチンは5本のトライすべてをBKで取り切った。いずれも、FWがカバーできないエリアや状況を作り出してのトライ。今のジャパンは密集近辺のディフェンスでは世界でも屈指の強さを誇ると言ってよい。実際にこの試合でも170本ものタックルをアルゼンチンに浴びせ、FWのフィジカルの強さにモノを言わせたかったアルゼンチンの攻撃を封じ続けた。
ただし、BKが1対1で守らなければいけない状況ではどうしても力負けする。ジャパンの強みをそらし、弱点を突く戦略を立ててきたアルゼンチンが、その戦略通りの場面を何度か作り出し、その少ないチャンスを見事に得点に結びつけたという印象だ。
この日のアルゼンチンはまた規律をよく守っていた。密集近辺でしつこくディフェンスされると、イラついて無用な反則を犯し、プレーが粗くなってターンオーバーを許して自ら流れを手放すというのはアルゼンチンの弱点だ。実際に、この大会でもイングランド戦で多くのミスを犯し、そのほとんどの場面でPGを決められて敗れた。
しかしこの日のアルゼンチンは、得点に結び付く反則を犯したのは2回だけ。しかもその後もそのミスを引きずることなく、規律の遵守を維持し続けた。この冷静さは前半早々にアマト・ファカタヴァのトライで同点とされて以降は常にリードを保ち、心理的に優位に立てていたことも大きく作用していただろう。反則でPGを得て今大会驚異的な成功率を誇った松田力也のキックで得点を重ねるというジャパンのゲームプランは肩透かしを食らってしまった。
セットプレーに目を転じれば、相変わらずラインアウトが安定しなかった。致命的なミスにはならなかったものの3本スチールを食らった。スロワー個人の問題ではなく、チームとしての強化ポイントであることは明白であり、今後に向けて重点的なエクササイズが求められるだろう。
先発メンバーの時はビクともしなかったが、後半メンバーチェンジ後は途端に不安定となったスクラムも今後は大きな課題となる。稲垣啓太、堀江翔太の両ベテランがいつまでも頑張らなくてはならないようでは苦しい。フロントローは他のポジションに比べて多くの経験の積み重ねが求められるため、育成には時間がかかるが、そろそろ活きのいい若手の台頭を望みたいところだ。
躍動した新戦力
惜敗を演出したのは新戦力たち。松田は今大会20本のプレースキックの機会のうち19本を決め、成功率95%という驚異的な成功率を叩き出した。ここぞという時に、確実に得点が計算できるスーパーブーツの出現は頼もしい限り。
LOとして全試合に出場したアマト・ファカタヴァも大活躍だった。在籍するリコーブラックラムズ東京では第3列を務めることが多く、従来のLOでは考えられないほど運動量が多い。この試合で見せたようなギリギリの場面でチップキックを蹴る、アイデアと度胸も持ち合わせている。不安視されたスクラムでも、十分に相手プレッシャーを跳ね返した。全員で攻撃し、全員で守るという現在のジャパンの象徴的な選手に上り詰めたと言ってよい。
この試合ではインパクトプレーヤーとして登場したジョネ・ナイカブラも文字通りインパクトを残した。前哨戦であるサマーシリーズからトライを量産していたが、この試合でも後半追い上げのトライをしっかりゲットし、最後の最後までチームにも観衆にもあきらめの気持ちを抱かせなかった。彼の決定力を活かすためのBKのムーブメントの開発が待たれるところだ。
この日がW杯初登場となったシオサイア・フィフィタも再三の鋭い突進とタックルで存在感を示した。ジャパンとしては二本目となる齋藤のトライは、フィフィタのライン際ギリギリでのダミーパスからの内側への切り込みがもたらした。ただのフィジカル任せプレーだけでなく、こうした柔軟な対応が備わったフィフィタはまだ24歳と若いこともあり、今後のジャパンの中心選手への成長が期待される。
ジャパンの「これから」に必要なもの
今大会、事前から「格上」とされていたイングランド、アルゼンチンに敗れ、決勝トーナメントを逃したジャパンだが、両チームとの差はさほど大きいものだとは思えなかった。スコアとしても「大敗」と称されるような差はつかなかったし、内容的にも競っていたと言ってよい。
勝敗を分けたのは、ノックオンや密集での反則など自らのミスと、勝負所で集中し、確実に得点し切る勝負勘であろう。
ミスは練習に練習を重ねて克服していくしかない。ノックオンなどのミスは個々人の練習で解消可能だが、セットプレーやBKのサインプレーなどの練習はチームとしての強化期間を長く取るしか精度を高めていくすべはない。
今回のW杯のための強化合宿は6月中旬からだったが、前回の2019年大会は2月から始めたという。リーグワンの開催期間等々、4年前と今年とではラグビー界をとりまく環境が大きく変化しているのは事実だが、ラインアウトでのミスの多さや、キック処理での競り負け、BKの意図したムーブメントの少なさなどを鑑みると、今回はチームとしての熟成期間が短かったと言わざるを得ないだろう。
次回のW杯に向けては、開催年はもとより、開催前年についても半年くらいの強化期間を設けることを想定し、リーグワンなどの国内戦もそのことを前提にスケジューリングするくらいの体制で臨んでほしい。
もう一つはテストマッチまたはそれと同レベルの試合を増加させることだ。この試合のアルゼンチンは、チャンスをすべて得点に結びつける勝負強さをみせたが、常人には思いもつかないような強烈なプレッシャー下でチャンスをモノにできるのは、同じように強烈なプレッシャー下でプレーした経験があるからだ。
アルゼンチンは毎年、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリアの強豪国とザ・ラグビー・チャンピオンシップで覇を競っているし、イングランドもシックスネーションズで強豪5協会としのぎを削っている。こうした経験の差が、土壇場での差につながってきているのだ。
ハイパフォーマンスユニオン11協会のなかで、こうした年毎の定期的な国際試合を行っていないのはジャパンのみ。早急に国としてどちらかの強豪国同士の対戦の枠組みに入ることを検討し、実施しないことには、「世界」との差は開いていくだけだろう。
国としての参戦が難しいのなら、国代表に準ずる存在としての、かつてのサンウルブズのようなチームを復活させてもよい。国代表に準ずるチームとしてフィジアン・ドゥルアをスーパーラグビーパシフィックに送り込んでいるフィジーは今大会で8強入りを果たした。低迷が続いていたサモアの復活も、サモアの選手が多数在籍するモアナ・パシフィカがやはりスーパーラグビーパシフィックに参戦していることが大きい。
チームとしての参加が難しいなら、なるべく多くの選手を外国のプロリーグに送り込むことだって一つの方法だ。実際にアルゼンチンは代表選手33人のうち31人は欧州をはじめとした強豪チームでプレーすることで、個人としてのスキルや経験値を上げている。
今回の大会で、ジャパンラグビーは一定の存在感を見せ、まだまだ将来に期待が持てる存在であることは示したが、同時に世界の強豪国の強化の潮流には遅れをとっていることも判明した。次回以降ジャパンが8強以上に進出し、そして悲願の優勝を果たすには、高い壁が立ちはだかっていると言わざるを得ないが、同時にその壁を乗り越えてくれることを願ってもいる。
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