死んだら誰が責任?
感染拡大が続く新型コロナウイルスだけでなく、懸念された日本特有の酷暑でも東京五輪は大混乱を招いた。
7月28日、テニス男子で猛烈な暑さに耐えかねた世界ランキング2位のダニル・メドベージェフ(ROC)は「これでは死ぬかもしれない。死んだら誰が責任を取れるのか?」と審判員に詰め寄った。会場の有明テニスの森は気温32度、湿度79%。コート上は40度を超えていたと指摘される。
昼時を避けた日程への変更を求める世界ランク1位のノバク・ジョコビッチ(セルビア)らトップ選手の声も次々と届き、午前11時開始だった第1試合が7月29日からは午後3時となった。
東京五輪招致の際の立候補ファイルに記されたような「温暖であるためアスリートが最高の状態でパフォーマンスを発揮できる理想的な気候」とは、まるでほど遠い状況だった。8月6日のサッカー女子決勝はスウェーデンとカナダの両チームから酷暑を理由に時間変更の要望があり、前日になってキックオフ時間は日中の午前11時から夜の午後9時に急きょチェンジ。陸上競技との兼ね合いで会場も東京・国立競技場から横浜市の日産スタジアムに移された。
女子マラソンは前日に1時間前倒し
8月7日に札幌市で行われた女子マラソンは前日夜になって、午前7時から1時間スタートが早められた。これは暑さが理由だが、まさに異例のことだ。
選手や運営への影響は必至で、大会主催者側は見通しの甘さを露呈。発表は前夜で、日本代表の一山麻緒(ワコール)は「寝ている時に知らされた。それでちょっと目覚めてしまった」と報道陣に明かしている。暑さからアスリートを守る「選手ファースト」を無視した突然すぎる日程変更と言わざるを得ない。
マラソンと競歩は2019年11月に国際オリンピック委員会(IOC)の意向で東京から札幌に開催地が変更された経緯がある。それでも見通しは甘く、ドタバタ劇を繰り返した形だ。
日本に限らず、近年は気候変動の影響により、世界各地で高温化や台風など気象災害が増加。真夏の五輪開催のリスクが改めて浮き彫りになった。
IOC会長も夏開催の再検討認める
今大会で競技時間を柔軟に変更できたのは、皮肉なことに大半の会場が無観客開催となったことも大きい。8月6日のIOC総括記者会見で、五輪の夏開催の妥当性について問われたIOCのバッハ会長は「それは非常に重要な質問だ」と指摘した上で「かなりの期間、その問題について考えてきた。気候変動がどういう影響をスポーツカレンダーに及ぼすかを検討している」との見解を示した。
現在、夏季五輪の開催は7~8月が基本だ。これは米プロフットボールNFLなど欧米の人気スポーツのシーズンとの競合を嫌う米テレビ局NBCユニバーサルとIOCの意向があるとされる。2032年ブリスベン五輪まで10大会で約1兆3000億円の超大型契約。パンデミックのさなか、酷暑でも開催せざるを得ないのも商業化が極限まで進んだ五輪の姿だ。
ただ、地球温暖化の影響などで世界的にも高温化が進み、東京都の小池百合子知事から「7~8月の実施では北半球のどの都市でも開催は(暑さで)過酷な状況になる」との現実的な指摘も出ていた。
国立でのサッカー実施はもともと日本サッカー協会などが要望し、女子決勝の開催が決まった経緯がある。女子は米国が強豪国で、午前11時開始は米国でのテレビ放送を意識して設定されたと指摘する関係者も少なくない。
一方で、消耗が激しいサッカーの真昼の開催は当初から疑問視されていた。今回の場当たり的な対応は五輪の難題を改めてあぶり出したと言っていい。アスリートにも運営側にも、真夏の開催は限界を迎えつつある。
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