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東京五輪の橋本聖子新会長、世論逆風で迫られる5つの緊急難題

2021 2/20 06:00田村崇仁
橋本聖子新会長Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

涙ながらに「ワンチームで」と開催へ覚悟

東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長に就任した橋本聖子氏(56)が就任から一夜明けた2月19日、本格的に動き出した。東京都の小池百合子都知事からは「アイアン・レディー(鉄の女性)」と称され、再出発へ周囲の期待は高い。

森喜朗氏の女性蔑視発言が国内外で批判を浴び、辞任表明から後任選びを巡っても混迷を極めた約2週間。新型コロナウイルス対策など難題が山積する5カ月後の大会開催に向け、世論の逆風が厳しい中、夏季、冬季合わせて五輪に7度出場した元五輪相の橋本氏は組織委職員に向けた就任あいさつで「ワンチームで信頼回復に努め、信頼される東京大会にすることが私の最大の使命。オリンピアンとしての魂を込めて会長職を全うし、安全安心の東京大会を実現する」と涙ながらに声を震わせて覚悟を口にした。

「火中の栗」を拾うことになる女性リーダーが、この難局で迫られる5つの緊急難題を探った。

「男女平等」推進チーム発足

まずは女性蔑視発言で日本社会のイメージ失墜にもつながった「男女平等」推進の取り組みだ。男女共同参画担当相でもあった橋本新会長は2月18日の記者会見で、組織委の女性理事の比率を40%に引き上げる方針を掲げ、改革に着手する。

世界経済フォーラムの男女格差報告「ジェンダー・ギャップ指数」で日本は世界153カ国中121位に低迷。大会コンセプトの一つは「多様性と調和」を掲げるが、森氏発言は「日本に根付いた男尊女卑の象徴」(フランス紙ルモンド)とも批判された。

2月19日現在、組織委の理事(会長を含む)34人のうち、女性は7人で約20%。組織委内に「ジェンダー平等の推進チーム」も新たに設置する方針で、今月中に具体的な体制を示して国内外にメッセージを発信する予定だ。「まだまだ性別役割分担意識が高い。早急に行動を起こして結果を出し続けていくのが重要」と信頼回復へ意欲を示した。

聖火リレーは波乱含み、ボランティア辞退も

3月25日に福島県からスタートして47都道府県を巡る聖火リレーでは、自治体との調整を急ぐ必要がある。

2月17日には、島根県の丸山達也知事が政府や東京都の新型コロナウイルス対応を批判した上で「県内の聖火リレーの中止を検討する」と表明し、波乱含みの様相を呈している。仮に他の自治体にもこうした動きが波及し、聖火がつなげない事態となれば前代未聞のこと。新型コロナ対策の詳細なガイドラインも各都道府県に新たに示す必要が出てきそうだ。

森氏の発言で大会ボランティアの辞退者も相次ぎ、2月11日時点で約740人に上った。橋本氏はこうした動きに「東京大会を楽しみにしていた皆さまにはもう一度、その一翼を担っていただき、ぜひ参加していただけるよう準備を整えていきたい」と指摘し、辞退者への「復帰」を呼び掛けた。

観客の有無、3案想定で今春に重大局面

今春には大会の観客受け入れを巡って重大な決断を迫られる。政府や組織委は観客数の上限でプロ野球やJリーグの動向も踏まえて「上限なし」「50%」「無観客」の3つのシナリオを想定して検討しているが、海外からの受け入れを含めてどうするのか。

国内外のコロナ感染状況やワクチンの対策を見極めながら、国際オリンピック委員会(IOC)やスポンサーなど時に利害が対立する関係機関とのタフな交渉も今後必要になる。

もし観客を間引いたり、無観客にしたりする場合は、組織委の900億円を見込むチケット収入が目減りするかゼロになるかのリスクもある。その場合、橋本新会長は都や政府に追加出資を要請しなければならない可能性も出てくるだろう。

コロナ対策で「東京モデル」発信

さらに「安全最優先で最大の課題」と表現したのが新型コロナ対策だ。組織委とIOCは2月3日、東京大会の参加者に適用する新型コロナ感染防止対策などのルールをまとめた「プレーブック(規則集)」の初版を公表したが、皮肉にも森氏の女性蔑視発言が世間を騒がせたこの日と重なった。

国内外に「安全安心な大会」をアピールする狙いが、完全にもくろみは外れ、再び「東京モデル」の発信が求められる。

一つのヒントはテニスの四大大会、全豪オープンだろう。外部との接触を遮断する「バブル方式」はオーストラリア特有の封じ込め策が凝縮され、観客も入れて実施されている。

ゾーンを分けて観客の行動範囲を制限し、会場内のどこにいたかを座席番号やQRコードの情報で把握。「接触レス」も徹底し、紙のチケットは全廃して観客はスマホに表示した電子チケットで入場する。手すりやドアノブなどを拭き取る担当者も配置され、こうしたノウハウを教訓として東京五輪にも生かしていくことが重要になる。

開催可否の判断、今春までに

そして最もハードルが高い難問は五輪開催可否の判断だ。橋本新会長は就任会見で「私のミッションは安全最優先の大会を実現して、アスリートが迷うことなく夢の舞台に立てるように今の社会の空気を変えていくこと」と世論の逆風に立ち向かうべく決意を表明した。

世界から200カ国を超えるアスリートが集まる国家的イベントの開催は、国内外の新型コロナの感染状況がどこまで収まるか、さらに世論の支持も欠かせない。

仮に中止となる場合は、IOCが東京都などと結んだ開催都市契約で「IOCが中止する権利を有する」と規定している。中止になるケースとしては、戦争や大会参加者の安全が深刻に脅かされる懸念がある場合などが想定されているが、IOCも政府や組織委、東京都と協議しなければ決められないだろう。最悪なケースの判断を迫られる場合は、補償の問題など極めて困難な交渉も待ち受けている。

橋本新会長は最近の世論調査で中止や再延期の声が多いことに対して「このままできるのか、医療体制がどうか、という不安が表れている。大会を通じて何をすべきか明確に打ち出さない限り、受け入れていただけない」と率直に印象を語った。

女性トップの「新たな顔」として求められるのは、国内外にメッセージを発信する力量と決断力。「コロナ対策と、ジェンダーを含めて、早急にビジョンをつくり上げて発表していきたい」。政治家目線でなく、国民に寄り添ったアスリートの代表として「社会の空気を変える」取り組みを見守りたいところだ。

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