1928年サンモリッツ五輪のグラフストレームが3連覇
冬季五輪の花形競技といえば、芸術性と競技性を併せ持ち、日本でも人気が高いフィギュアスケートだろう。
氷上に図形=figure(フィギュア)を描いて滑走することからその名が付いたこの競技は、米国のジャクソン・ヘインズが音楽伴奏とともにバレエや社交ダンスで用いられるダンスの動きを取り入れたことで発展。スケートの起源は石器時代までさかのぼるが、フィギュアは貴族社会を中心に広まり、意外なことに夏季五輪だった1908年ロンドン大会で競技としてデビューした。
2022年2月の北京冬季五輪で日本のエース羽生結弦(ANA)は、男子でギリス・グラフストレーム(スウェーデン)以来94年ぶりの3連覇が懸かる。
初代五輪王者はジャンプ名になったサルコー
五輪初代王者は知る人ぞ知る伝説のスケーター、ウルリッヒ・サルコー(スウェーデン)だ。世界選手権でも1901年大会から男子最多の優勝10度を誇り、引退後の1925年から1937年は国際スケート連盟(ISU)の会長も務めた。
さらに彼の名を有名にしたのがジャンプの種類「サルコー」。トーループに次いで2番目にやさしいジャンプとされ、右利きの場合、左足の内側のエッジで滑り、右足を前方に振り上げて跳ぶ。
ロンドン大会の翌1909年に初めて跳んだと伝えられており、日本勢では安藤美姫が2002年のジュニアグランプリ(GP)ファイナルで女子では世界初となる4回転ジャンプを成功したのもこのサルコーだった。
羽生の66年ぶり2連覇は通算4人目の快挙
前回の2018年平昌冬季五輪では羽生がリチャード・バットン(米国)以来66年ぶりの2連覇を達成し、世界的にも大きな話題を集めた。
フィギュアの歴史を紐解くと、初代王者のサルコーに続き、グラフストレームが1920年アントワープ大会から1928年サンモリッツ大会まで前人未到の3連覇を達成。キャメルスピンの原型を考案した人物としても知られている。
彼は美しい演技を愛するところも羽生と共通していたとされている。1932年レークプラシッド大会でも4連覇を狙ったが、惜しくも銀メダルだった。
2連覇のバットンに並ぶ開拓者
グラフストレームに続いてカール・シェーファー(オーストリア)が1932年レークプラシッド大会、1936年ガルミッシュパルテンキルヘン大会で2連覇、バットンも1948年サンモリッツ大会、1952年オスロ大会でともに2連覇を遂げた。
バットンはオスロ五輪で史上初めて3回転ループに成功。初めて4回転ループを決めた羽生と同じくフィギュア界の技術面のパイオニア(開拓者)でもあった。
そのバットンは自身のSNSで「近年のスケートは4回転祭り。好きじゃない」と当時批判的だったが、自身の記録に並んだ羽生の演技を「美しい振り付けと音楽。素晴らしい劇場だ」と称賛。新時代を背負う羽生は通算4人目となる2連覇の快挙でもあった。
羽生も憧れの「皇帝」プルシェンコ
フィギュア界で「皇帝」と呼ばれたのは2006年トリノ冬季五輪で金メダルに輝いたエフゲニー・プルシェンコ(ロシア)。羽生も憧れる別次元の強さがあった。
当時のショートプログラム(SP)では体の動きと連動したステップ、男性では珍しい柔軟性のあるドーナツスピンを披露。新採点方式の男子SPで初めて90点台に乗る90.66点をマークした。
映画「ゴッドファーザー」の有名な調べを使ったフリーでは冒頭でいきなり4回転―3回転―2回転の連続ジャンプに成功。さらにトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)をコンビネーションと単発で2度も優雅に決め、故障を乗り越えて念願の金メダルを手中にした。
バンクーバー大会は4回転抜きでライサチェク
羽生が頂点に立つ直前の五輪王者は2010年バンクーバー大会で金メダルをつかんだエバン・ライサチェク(米国)だった。4回転ジャンプをめぐる論争で「慎重派」の代表格だったが、4回転を回避しながらも、プルシェンコを逆転し、トリノ五輪王者の連覇を阻んだ。
冒頭の3回転ルッツ―3回転トーループに始まり、5種類、6度の3回転ジャンプを鮮やかに成功。トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)も単発と2回転とのコンビネーションで2度決めた。
身長188センチの長い手足を生かしたステップやスピンでも観客を引き込んだ。プルシェンコから「4回転を跳ばないのは時代に逆行している」と挑発されても信念を貫いた。米国勢22年ぶりの男子王者となった。
過去の金メダルは米国が7度でトップ
フィギュア界の五輪史でシングルの金メダルは男女ともに米国が7個でトップ。近年はロシア勢も強く、男子では1994年リレハンメル大会からプルシェンコを含めて4大会連続でロシア選手が制している。
1988年カルガリー五輪の金メダリストのブライアン・ボイタノ氏(米国)は「ハニュウは晴れて、この時代のディック・バットンになった」と賛辞。羽生の新たなSPは「序奏とロンド・カプリチオーソ」、フリーは昨季も滑った大河ドラマ「天と地と」の演目を継続。前人未到のクワッドアクセル(4回転半ジャンプ)への挑戦を含め、別次元のレベルで北京を目指す。
最大のライバルは世界選手権3連覇のネイサン・チェン(米国)だろう。27歳の日本が誇るスケーターが後世に語り継がれるレジェンドの仲間入りすることは間違いない。
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