アラフィリップが史上7人目の世界選手権連覇
自転車ロードレースの世界ナンバーワンを決める、UCIロード世界選手権が9月19日から26日までベルギー北部のフランドル地方で開催された。
大会最終日に実施された男子ロードレースでは、前回大会の勝者であるジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ、フランス)が独走勝利。昨年と同様の勝ち方で大会2連覇を果たした。
この大会は開催国を変えながら毎年行われており、その年の世界王者を決める戦いである。レースコースは開催国の意向が強く反映されることが基本で、今年であればベルギー勢に有利なコースがセッティングされていた。
そうした中で、アラフィリップが見せたロードレース王国ベルギーの夢を打ち砕く圧勝劇。コースやレース展開がその年によって大きく変化する中での世界王座防衛は偉業であり、長い競技の歴史で7人目となる快挙でもあった。
世界選手権は自転車ロードレース最高峰の戦い
シーズンを通していくつもあるレースのうち、世界王座を決める唯一無二の大会であるロード世界選手権。ちょうど今年は初開催から100年目となる記念大会で、注目度も高かった。
普段のレースとの大きな違いとして、国別対抗戦であることが挙げられる。日頃所属しているチームの垣根を越えて、各国の代表選手がスタートリストに名を連ねる。いつもはライバルである選手同士も、この日ばかりは国の威信をかけて力を合わせるのだ。
また、その年の「国の実力」が反映されやすく、国別の出場枠が定められるあたりも大きな要素。各地で開催されるレースで結果を残している選手や国ほど、世界選手権の出場枠を増やせるようシステム化されており、今回アラフィリップを勝利に導いたフランスであれば最大出場枠の「8」を確保。後述する新城幸也ひとりの参戦となった日本の出場枠は「1」だった。
このような理由から、世界選手権は自転車ロードレースにおける最高峰の戦いに位置付けられている。オリンピックのロードレース以上のステータスがあるとの見方が強いのが実情だ。
伝統や風習が世界選手権の価値に反映
オリンピック以上に世界選手権の価値が高いと考えられている理由としては、以下が挙げられる。
第一は、かねてから「プロ選手」の世界ナンバーワンを決める戦いであったこと。オリンピックの自転車競技(ロードレースを含むすべての種目)でプロ・アマオープン化が実現したのが、1996年のアトランタ大会。それまでは、プロの世界一決定戦が世界選手権、アマチュア選手のそれはオリンピック、との考え方が強かった。
他のスポーツと同様に、自転車ロードレースにおいても、オリンピックで結果を残してプロへ転向する選手が多く、五輪覇者は「金メダリスト」の称号を携えてツール・ド・フランスのようなビッグレースへ挑んだ。プロ・アマの違いが明確だったかつてのスポーツ性の名残が、いまだ残っているのである。
もう1つは、勝者のみに贈られるスペシャルジャージ「マイヨアルカンシエル」の存在。選手たちはレース時に「ジャージ」と呼ばれるサイクルウエアを身につけて走るが、直近の世界王者に限っては白地に青・赤・黒・黄・緑のラインがあしらわれた特別ジャージの着用が許される(国際自転車競技連合の規則で着用を義務付けられている)。このラインを自転車競技界全体で「虹」と見立てて、そのフランス語であるアルカンシエルと呼ぶ。
これを着られるのは1年間でただ1人。サッカーであれば、欧州チャンピオンズリーグを制覇したチームが、翌シーズンにチャンピオンエンブレムをユニフォームの肩の部分に備えているケースがあるが、マイヨアルカンシエルも同様の意味を持っていると思ってもらえると分かりやすいのではないだろうか。
ちなみに、自転車競技全体としてスペシャルジャージの意味合いは強く、国内選手権を勝てば国旗またはナショナルカラーをモチーフにしたジャージの着用が可能だ。もちろんわが国にも「日本チャンピオンジャージ」は存在し、日の丸をイメージした白と赤でデザインされたサイクルウエアを、翌年の国内選手権開幕まで着用することが許されている。
考え方としては、原則23歳未満の選手だけが出場可能なオリンピックよりもワールドカップの方が格式が高いとされるサッカーと近いかもしれない。自転車競技ならではの伝統や風習を重んじながら、いまに至っているのである。
アフターコロナを印象付けた2021年大会
古くからの「カルチャー」を大切にする自転車ロードレースだが、今大会は次なる方向性を示した大会でもあった。そのときどきのベストを取り入れ、追求していく柔軟性もこの競技には備わっている。
会期中、沿道には常時多くのファンが集まり、レースに熱狂。最終種目の男子ロードレースでは、フィニッシュ地点になったルーヴェンの街はお祭り騒ぎ。勝負どころと見られたポイントには幾重にも人垣が生まれ、新型コロナ禍にあるとは思えない盛り上がりだった。
これはベルギーの社会情勢とリンクしている印象で、同国のワクチン接種必要回数割合の高まりが強く関与していると考えられる。直近のデータによると、同国では国民の73%が2回のワクチン接種を終えている(日本は57%)。
ワクチン接種率70%を越えたことを機に、ベルギーでは制限の多くを解除。なかでも、大規模イベントについては、ワクチン接種の完了やPCR検査および抗原検査の陰性を証明する「Covid Safe Ticket」の提出で参加可能とする方向へとシフトした。「Covid Safe Ticket」はスマートフォンアプリになっており、提示することでマスク着用やソーシャルディスタンスまでもが問われなくなるという。
日本では今なお、スポーツ界全体でイベント開催意義を問うムードが強いが、ベルギーでは「アフターコロナ」を念頭に置いた大会運営に拍車がかかっている。これらの良し悪しはさておき、世界の潮流が変化しつつあることが実証された大会でもあった。
新城もサバイバルレースを完走、アジア・アフリカ勢の活躍も光る
最後に今大会のトピックを紹介しておきたい。
今回、日本勢はヨーロッパへの渡航制限により、同地で活動している選手のみの派遣となった。そんな中、男子唯一の参戦だった新城がワールドクラスの走りを披露。レース後半まで優勝候補選手たちと肩を並べて走り、49位でフィニッシュ。195人が出走し、完走68人というサバイバルレースにあって、チームメートがいない状態で走り切ったあたりに大きな価値があるといえる。
ロードレース後進国と言われてきたアジア・アフリカ勢の活躍も光った。モンゴルから参戦したジャムバルジャミツ・サインバーヤルは、レース前半に先頭グループを牽引しアピール。下部カテゴリーにあたるアンダー23(23歳未満)の男子ロードレースでは、ビニアム・ギルマイが2位に入り、エリトリア人選手として初のメダルを獲得した。
また、もう1つのレース種目である個人タイムトライアルでは、フィリッポ・ガンナ(イネオス・グレナディアーズ、イタリア)が昨年に続く優勝。こちらもマイヨアルカンシエルの防衛に成功し、同種目史上6人目の連覇者となった。
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