長距離のロードレースと短距離の競輪
競技の本場であるヨーロッパにとどまらず、いよいよ日本でもシーズンが始まった自転車ロードレース。新型コロナウイルス感染拡大の不安が続く中ではあるが、世界各地で活況を迎えている。
ロードレースに親しむうえで、あらかじめ理解しておきたいものの1つが「競輪」との違いではないだろうか。日本発祥のスポーツであり、ギャンブルとしても多くの人が知るところであるが、ツール・ド・フランスをはじめとするロードレース競技とはどこが異なるのか。さまざまな視点から、その違いを見てみよう。
まず挙げられるのが、「公営競技」の競輪と、「一般競技」のロードレースとの違い。競輪は競馬・競艇・オートレースと並ぶ公営競技の1つで、レースの着順を観客が予想し、その結果によって金銭を受け取る仕組み。ロードレースにはそのようなシステムは存在しない。競技者が着順によって賞金を得る点では共通しているが、競技を観る側としてはギャンブルか否かでの大きな違いがある。
それぞれの競技における主催者も異なる。ロードレースの場合は大会やイベントによって異なり、自治体が主催する場合もあれば、レースへの情熱を持つ一個人を軸にした「その大会のためだけの」団体が開催を担う場合もある。
国内レースを例に挙げると、毎年5月下旬から6月上旬にかけて行われる国際大会、ツール・ド・熊野を主催するのはNPO法人の「SPORTS PRODUCE 熊野」。この大会を中心としながら、和歌山・三重両県にまたがる熊野地域でのスポーツ振興を図る団体が大役を務めている。
かたや、競輪は国内各地で実施され、経済産業省の監督のもと開催地の自治体が主催者となる。また、その運営を統括するのは公益財団法人JKAである。
競技性という点でも違いは大きい。ロードレースはおおむね100km以上、ときには300km近い距離を走破し勝者を生むが、競輪は基本的に2000mに設定される。さらに競輪では先頭誘導員がおおよそ残り2周回までレースをコントロールするため、実際の勝負はその後の数百メートルに集約される。ロードレースをマラソン、競輪を100m競走といった具合に、陸上競技に例えると分かりやすいかもしれない。
選手たちの肉体的資質も似ていると捉えてよいだろう。1レースあたりの出走人数も、ロードレースであれば100人以上が一斉にスタートすることも多いが、競輪は最大でも9人と、ここにも大きな差が表れている。
競技用自転車の違い
競技性の違いが分かったところで、選手たちが使うバイク(自転車)にも目を向けてみよう。
ロードレース競技で使われる「ロードバイク」は、舗装路での長距離走行を目的として作られた自転車。競技統括するUCI(国際自転車競技連合)によって、レースで使用される自転車やパーツは一般的に購入ができる、またはゆくゆく購入が可能となるものであることと規定されている。自転車ひとつとっても販売価格に差はあるが、レース向けになればなるほど高速走行を目指して設計されており、軽量かつ空気抵抗の少ないモデルが選手だけでなくロードバイクを趣味とする人たちからも人気が高い。
競輪用自転車は、スピードが出ることはもちろん、骨格や筋肉量の異なる選手それぞれに合ったチューニングがなされており、オーダーメイドバイクであることが基本だ。ビルダーと呼ばれる職人が一台一台丁寧に手作りしており、競輪選手たちは世界中に二つとない貴重な自転車にまたがって日々走っている。
また、ハンドルにブレーキが装着されておらず、後輪に固定されたギアに力を加えることで減速するという特徴もある。タイヤが止まるまでペダルも回転し続けるため、スピードを落とす際は脚の力でペダルをコントロールしなければならない。
競輪では64歳まで現役生活を送った選手も
日本の場合、自転車競技のみで生活をしている、いわば「プロ」選手は数多い。特に競輪は2363人(2020年10月時点)と、日本のプロスポーツとしては最大規模の人数を誇る。トップクラスになれば年間の獲得賞金総額が1億円を優に超え、それに続く選手たちも数千万円を稼ぐことは珍しくない。
一方で、ロードレース選手は一部の選手を除いて、ほとんど収入につながっていないのが実情だ。プロとして生計を立てられている選手も、所属チームの運営母体またはスポンサー企業の基盤が整っており、相応の給与が発生しているからであって、レースで得られる賞金だけで十分な生活ができている例はほぼ皆無。世界的なトップクラスの選手ともなれば年間に数億円を稼ぐケースもあるが、平均年収やシステムの安定といった面で見ていくと、競輪の方がしっかりしている印象だ。
選手寿命の違いも、両競技を比較するうえで欠かせないポイント。競輪の場合、一定の成績を残していれば年齢制限がないため、40歳代や50歳代になっても一線級で活躍し続ける選手が存在する。近年では、三ツ井勉が64歳まで現役を続けた例もある(2019年12月に引退)。
ロードレースでは、30歳前後がキャリアのピークと言われ、40歳まで第一線で活躍するとなると超人的な扱いを受ける。日本のレースシーンにおいて、トップレベルで走る40歳代の選手は今のところ数える程度である。
ロードレースと競輪の兼任選手も増加
こうした背景も関係してか、最近ではロードレースを専門種目としていた選手が競輪に転向、または兼任選手として活動するケースも増えてきている。
その最たる例が、今年開催予定の東京五輪トラック競技・オムニアムの日本代表に内定している橋本英也(チーム ブリヂストンサイクリング)だ。元来、トラック競技の中距離種目を専門としてきた橋本は、ここ数年でロードレースでも持ち前のスピードを発揮。今季は国内ツアーですでに1勝を挙げている。
そんな彼は2020年からは競輪選手としても活動。今季は東京五輪をメインにするため競輪は欠場中だが、実質トラック中距離・ロードレース・競輪のトリプルキャリアを歩んでいる自転車競技界のスターである。
もう1人、ロードレース活動時はKINAN Cycling Teamに所属する福田真平も兼任選手として活動の幅を広げている。かつてはロードレースをメインにスプリンター(フィニッシュ前でのスピード勝負に強い選手)として鳴らした彼は、そのスピードを生かすべく競輪へ。現在は競輪に主眼を置きながら、ロードレースにも年間数レース出場する。
ロードレース選手が競輪へチャレンジする理由はさまざまだが、福田の場合は「ロードではやり切ったという思いが強かった」という。要素がまったく異なる2つの競技を両立することについては「自分にお金をかけてもらっていることを考えると、ロード時代には考えられなかったプレッシャーを背負って走っている」と語る。
フィジカル面では、「有酸素能力を武器にできる点はロード経験者の強み」というが、一方で「競輪一本でやってきた選手と比べると筋力も瞬発力もはるかに劣っている。これはトレーニングだけでは補えない部分」と難しさも挙げる。
また、福田は競輪界での「選手会」の存在にも触れ、「JKAや経済産業省と掛け合って賞金額を上げてもらうなど、競輪は選手の立場が強い。ロードの場合はチームや大会主催者の意向が反映されやすく、選手がもう少し発言できる場があっても良いのではないか」とレース外での環境整備の差も大きいと指摘している。
ちなみに、競輪からロードレースへ転向したケースも数例ある。トップライダーである渡辺正光がロードレースにも積極参戦しているほか、日本の競輪にも出場経験が豊富なテオ・ボス(オランダ)が2009年から8年間、ロードレースのトップチームに所属し世界最高峰のレースを転戦していたことがある。
「競輪文化」の日本でロードレースもファン拡大を目指す
同じ自転車競技ではあるものの、その本質に大きな違いがあるロードレースと競輪。歴史や経緯から日本では競輪が定着しているが、それに負けず劣らずロードレースも熱く、ドラマに富んでいる。
それぞれの魅力や競技を構成する要素を知ることで、より深く観戦を楽しめるはず。機会があれば、実際にレースを目にしてロードレースと競輪の違いを実感してみてほしい。
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