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井上尚弥が人生最大のピンチを切り抜けた要因とは?データが示すネリとの違い

2024 5/23 11:24SPAIA編集部
井上尚弥とルイス・ネリのインフォグラフィック,ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

東京ドーム決戦で6回逆転TKO勝ち

プロボクシングの世界スーパーバンタム級4団体統一王者・井上尚弥(31=大橋)がルイス・ネリ(29=メキシコ)を6回TKOで下した5月6日の東京ドーム決戦。1回に井上がボクサー人生初のダウンを喫して世界中を驚かせたが、ダウン後の冷静な対応もまた見事だった。

ネリはボクシング史上に残る「世紀の大番狂わせ」を演じかけたものの、井上はそれを許さなかった。カウント8まで膝をついたままダメージの回復を待っただけではない。仕留めにかかる「悪童」のパンチをかわし、人生最大のピンチを切り抜けて逆転KOにつなげたのだ。

それはSPAIAが独自に集計したデータで証明されている。ラウンドごとのパンチ数は以下の通り。有効打の見極めは難しいが、明らかに的確に捉えたクリーンヒットのみを有効打としてカウントした。

井上尚弥とルイス・ネリのインフォグラフィック

ダウンしても冷静に突き上げた右アッパー

立ち上がり、井上が挨拶代わりの右フックを大振りすると、ネリも左フックを強振するなど空振りながら迫力のある攻防が続いた。両者が出方をうかがって睨み合うシーンもあったが、事態が一変したのは1分40秒頃だ。

接近戦で放ったネリの左フックが井上の死角から飛んできた。ドンピシャのタイミングで顎にもらった井上は左側に半回転してダウン。まさかのシーンに身を乗り出すファンとは対照的に、本人は冷静にレフェリーのカウントを聞き、8まで数えたところで立ち上がる。

試合が再開されるとネリは小走りで井上をコーナーに追い詰め、左右フックを強振。さすがの井上もダメージが残っており、クリンチで逃げるのが精いっぱいだった。

ネリの猛攻は続き、井上は距離を取る。今度は赤コーナーに追い詰められたが、前のめりに見守る大観衆をよそに井上だけは常に冷静だった。

今度はクリンチで逃げることなく、コーナーを背にしたまま反撃。右アッパーをボディーにめり込ませると、ネリの左をかわしてもう一度右アッパーを突き上げ、ネリの顎がはね上がった。

徐々にダメージから回復し、2分40秒頃にはリング中央で二ヤリと笑う。「お前のパンチは見切った」と言わんばかりの表情を見せ、波乱のファーストラウンドを終えた。

防御勘、タフネス、ボクシングIQを証明

1回で放ったパンチ数は井上の29発に対して、ネリは55発と倍近い。しかも、井上がダウンから立ち上がって再開した後の約1分間で、ネリは55発のうち36発を放った。

山中慎介戦もそうだったが、ネリは攻め込むと勢いに乗ってパンチの回転力が増し、強さを最大限に発揮する。明らかにこの日も一気に仕留めにかかっていた。

しかし、ダウン後の36発のうち有効打はわずか2発。ネリのパンチが大振りだったこともあるが、パンチをまともにもらわない井上の防御勘、すぐにダメージから回復するタフネス、冷静さを失わないボクシングIQの高さ、どれかひとつでも欠けていれば試合は終わっていたかもしれない。全て日頃のトレーニングの賜物だ。

井上はダウン後はガードを固めてディフェンシブに戦う時間が長かったため11発しか放っていないものの、コーナーに詰まりながら冷静に放った右アッパー2発が有効打。インフォグラフィックの円グラフを見るとよく分かるが、ネリが試合全体で放ったパンチの半分以上はフックで、ストレートは7.8%にすぎない。フックを振り回すだけでは井上を倒すのは難しく、歴史に名を残す千載一遇の大チャンスを逃した。

ただ、もしネリに井上のような多彩なパンチがあれば大番狂わせを演じていた可能性もある。そう考えると、井上尚弥に勝てるのは井上尚弥しかいないのかもしれない。

2回以降、ネリの体力を削ぎ落としていった井上

2回以降は井上のワンサイド。2分過ぎに下がりながら合わせた左フックでダウンを奪い返し、完全にペースをつかんだ。

3回にはネリの大きな左右フックをよけて場内を沸かせる。1回のダウンから学び取り、同じ失敗を繰り返さないことも井上のボクシングIQの高さを証明している。この回終盤には右ストレートでネリの顎をはね上げ、4回にはグローブを自身の顎に当ててネリを挑発するシーンもあった。

2回から4回まで井上の放ったパンチ数は41発、40発、55発とそれほど多くないものの、有効打は6発、11発、17発と的確なパンチでネリの体力を削ぎ落としていった。

一方のネリは2回が16発、3回が27発、4回が26発とパンチ数自体が激減。そのうち有効打は1発、1発、2発だったから、まさに攻め手を欠く状況に陥っていた。

パンチを出してもよけられ、打ち終わりを狙われ、頭の中は混乱していたのではないだろうか。手数の少ないネリに怖さはなかった。

攻防一体の理想的なボクシング

5回の30秒過ぎには右のダブルでネリをぐらつかせた井上。中盤にはネリが頭を下げて前進し、井上がバッティングをアピールした。ネリも焦りからラフファイトに持ち込みたかったのかもしれない。

そして2分20秒過ぎには不用意に出てきたネリに左フックのカウンターを決めて、この試合2度目のダウンを奪う。今度は井上が仕留めにかかったが、ここでもモンスターの冷静さが浮き彫りになる。

井上は攻めながらも常に相手の反撃を想定しており、打ち終わりにパンチをもらうこともない。打ってはよけ、よけては打つ攻防一体となった動きが身に染みついているため、一方的に攻めているように見えるのだ。1回のダウン後に押し込みながら反撃を受けたネリとは明らかに違った。

5回に井上が放ったパンチ数は78発。そのうち32発が有効打だった。42発のパンチと3発の有効打しか放てなかったネリが疲労とダメージを蓄積させ、続く6回でKO負けしたのも必然だったと言える。

パンチ総数は井上が278発、ネリが180発。有効打の総数は井上が82発、ネリが13発と結果的には井上の圧勝だった。パンチの多彩さや手数、正確性、全て井上が上だった。

それでも時として勝敗が入れ替わるのがボクシングだ。ダウンシーンやKOシーンだけが取り上げられがちだが、その前後には様々な伏線や目に見えない心理戦、勝負の分かれ目がある。井上がダウンしたこともあり、ネリ戦はそんなボクシングの醍醐味が凝縮された試合となった。

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