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重岡銀次朗が涙した「無判定」とは?不明瞭なルールはボクシング界の損失を招く

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偶然のバッティングで無判定試合に

なんとも後味の悪い結末だった。1月6日にエディオンアリーナ大阪で行われたプロボクシングのIBF世界ミニマム級タイトルマッチ。王者ダニエル・バラダレス(28=メキシコ)に挑んだ同級5位・重岡銀次朗(23=ワタナベ)が試合を優位に進めながら3回、王者の偶然のバッティングによって「無判定試合」となった。

重岡は身長153センチと小柄ながら、スピード十分の出入りとサウスポースタイルから力強いパンチをヒットさせてペースをつかんでいた。プロ転向後8連勝(6KO)と全勝街道を突き進んできたホープが世界の頂点に立つのも時間の問題かと思われた矢先、悲劇は唐突に訪れた。

重岡が踏み込んだ瞬間、バラダレスの頭が重岡の顎付近に激突。たいていはバッティングをされた方が痛がるものだが、この時はバッティングをしたバラダレスの方が痛がり、レフェリーが割って入った。

ドクターの診断を仰いだものの、流血していたわけでもないためストップにはならない。試合続行可能との判断だったが、バラダレスは応じず、泣きべそをかくような表情でレフェリーに何やら訴える。すると、レフェリーは両手を交差させて王者を赤コーナーに戻らせた。

生中継していたABEMAで解説を務めた亀田大毅KWORLD3ボクシングジム会長も「重岡のTKO勝ち」を口にしたが、当初発表された結果は「負傷引き分け」。しかし、ドクターストップではなくバラダレスの申告による試合終了のため、最終的には「無判定」に訂正された。

カシメロは無効試合からKO勝ちに訂正

重岡はコーナーでうずくまって涙をこぼした。仮にバッティングによってまぶたをカットし、出血が止まらないなら納得もできるだろうが、見た目には試合を止める理由はなかった。見守った会場のファンや視聴者はもちろん、誰よりも重岡自身が不完全燃焼だっただろう。

ボクシングは危険なスポーツだ。最近はレフェリーが選手のダメージを見てストップするタイミングが早いこともあって減っているが、過去には死亡事故も起きている。「戦えない」と訴えるボクサーを無理やり引っ張り出すことはできない。

ただ、ドクターの判断ではなく自己申告だけで「無判定」とされては、相手はたまったものではない。戦意喪失による棄権(TKO負け)ならともかく、釈然としない思いを残すことはファン離れを招きかねず、ボクシング界全体の不利益につながる。

2022年12月3日に韓国で行われた試合でも同じようなアクシデントがあった。元WBO世界バンタム級王者ジョンリエル・カシメロが赤穂亮の後頭部にパンチ(ラビットパンチ)を浴びせたとして無効試合になったのだ。

この時も2回に赤穂がダメージを訴えただけで、目に見える負傷はなし。ニュートラルコーナーで椅子に座ってダメージの回復を待ったが、試合続行に応じることができなかった。しかし、赤穂自身がツイッターで「自分の完敗です。正直パンチも効いてましたし後頭部が効いているのか顎のパンチが効いているのかわからない状況でした」と明かしたこともあり、検証の結果、12月21日にカシメロのKO勝ちと訂正されている。

その事例を振り返ると、今回の試合でバラダレスが訴えたダメージは、本当にバッティングによるものなのかという疑念が拭えないことも確かだ。

世界レベルの実力を証明した重岡

無判定試合は王者の防衛回数にはカウントされないという。しかし、アマチュア時代は通算56勝1敗で兄・優大との兄弟対決を回避するために棄権したのが唯一の敗戦、事実上プロアマ通じて全勝という重岡のキャリアに、初めて白星以外がついてしまった。

今回の一戦を「重岡が気の毒」という感情論で片付けるべきではない。ボクサーの安全をしっかりと担保した上で、不可解な結果を招かないよう議論が尽くされることを期待したい。

涙の染み込んだリングで唯一、明確になったのは重岡の実力が十分に世界で通用することだろう。猛スピードで世界への階段を駆け上がってきたホープが、悔しさを糧にして世界のベルトを巻く日をファンは待っている。

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