男女5人の世界王者を輩出した大橋ジム
世界で最も権威があるとされる米ボクシング誌「ザ・リング」のパウンド・フォー・パウンド1位にランク(現在は2位)されるなど、今や世界から熱い視線を一身に浴びている井上尚弥。日本が誇るスーパースターが所属する大橋ボクシングジムを主宰するのが大橋秀行会長(57)だ。
WBCスーパーフライ級の川嶋勝重を皮切りに、ミニマム級から3階級制覇した八重樫東、井上尚弥と弟の拓真、女子の宮尾綾香と男女合わせて5人の世界王者を輩出。ほかにも世界を狙う精鋭が多数在籍している上、11月19日には、以前から開催しているボクシング興行「フェニックスバトル」を韓国ソウルで成功させるなど、プロモーターとしても名を揚げている。
すっかり丸くなった顔と恰幅のいい腹回りからは想像しがたいが、現役時代はミニマム級のボクサーだった。しかも、日本選手の世界挑戦連敗記録を止め、日本中を熱狂させた元世界王者だったことを知る人は年々減っている。
日本選手の世界挑戦21連続失敗でストップ
大橋秀行は1965年、神奈川県横浜市で生まれ、横浜高校時代にインターハイ優勝。専修大学時代にロサンゼルス五輪出場を逃してヨネクラジムからプロ転向した。
軽量級離れしたパンチ力に米倉健司会長が「150年に1人の天才」とぶち上げ、華々しいデビューを飾ると、わずかプロ6戦目で日本ライトフライ級王座を獲得。勢いに乗って7戦目で敵地・韓国でWBC世界ライトフライ級王座に挑んだが、張正九(韓国)に5回TKO負けした。
さらに、1988年6月に今度は東京・後楽園ホールで2度目の世界挑戦をしたが、またしても張正九に8回TKO負け。当時は日本のジム所属の世界王者が不在で、大橋の2敗も含めて日本選手の世界挑戦はその後、21連続失敗まで伸びた。まさしく日本ボクシング界は「冬の時代」だった。
1990年2月7日、新設されて間もない最軽量のミニマム級(当時の名称はストロー級)に下げた大橋は、3度目の世界戦のリングに上がる。相手はWBC世界ミニマム級王者・崔漸煥(韓国)。当時は韓国ボクシング界が隆盛を極めており、次々に世界王者が誕生していた。
「日本ボクシング界最後の切り札」と呼ばれ、背水の陣を敷いていた大橋は序盤から崔を攻め込む。激しい打ち合いの中で得意のカウンターをクリーンヒットさせながらペースをつかみ、迎えた9回、ついに歓喜の瞬間が訪れる。
疲労の色が濃い王者に、大橋が十八番の左ボディをめり込ませると、ついにダウン。割れんばかりの大歓声の中、なんとか立ち上がった王者にトドメの左ボディアッパーが炸裂すると、顔を歪めて倒れた崔は今度は立ち上がることができなかった。
1992年にはWBA王座も獲得
当時のボクシングはまだまだメジャースポーツ。世界戦はテレビのゴールデンタイムで生中継され、世界王者になればマスコミやイベントなどに引っ張りだこだった。
しかも、その4日後の2月11日には東京ドームで行われた世界ヘビー級タイトルマッチで、マイク・タイソンがジェームス・ダグラスに10回KO負けで初黒星。無敵を誇ったタイソンが背中から倒れる衝撃のノックアウトシーンが世界を驚かせた。大橋のKO奪取とともに、ボクシング界にとって激動の1週間だった。
大橋は初防衛戦で、井岡弘樹から王座を奪った元王者ナパ・キャットワンチャイ(タイ)に判定勝ち。2度目の防衛戦でリカルド・ロペス(メキシコ)に5回TKO負けして王座を明け渡した。ロペスはその後22度も防衛する名王者となった。
再起した大橋は1992年10月、両国国技館でWBAミニマム級王者・崔煕庸(韓国)に判定勝ちして返り咲き。初防衛戦でチャナ・ポーパオイン(タイ)に敗れて引退した。
戦績は24戦19勝(12KO)5敗。パワーだけでなく、カウンターを当てるタイミングは天性のものを感じさせ、間違いなく一時代を築いた名王者だった。
旧態依然のボクシング界にカウンターパンチ
大橋ジムの「最高傑作」とも言えるWBA・WBC・IBF世界バンタム級王者・井上尚弥(29)は、12月13日にWBO王者ポール・バトラー(34=イギリス)と東京・有明アリーナで4団体統一戦に臨む。
日本人初、世界でも過去8人しか達成していない偉業の瞬間は、dTVおよび、ひかりTVで独占配信される。当日はアンダーカードでもWBOアジアパシフィック・スーパーライト級王者の平岡アンディや、東洋太平洋スーパーバンタム級王者の武居由樹、WBA世界バンタム級2位の井上拓真、東洋太平洋フェザー級王者の清水聡ら大橋ジムの精鋭が勢揃いするだけに決して見逃してはならない。
今や飛ぶ鳥を落とす勢いの大橋ジム。ボクサーの待遇アップや動画配信への取り組みなど、旧態依然の体質に一石を投じる大橋会長のカウンターパンチで日本ボクシング界も少しずつ変わりつつある。
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