井上尚弥との対戦を期待する声も
19日に行われた「THE MATCH 2022」はキックボクシングの「神童」那須川天心がK-1の3階級王者、武尊からダウンを奪う内容で判定勝ちした。
会場の東京ドームには5万6000人超の観客を集め、地上波テレビでの放送がない中、PPV(ペイ・パー・ビュー)で独占配信したABEMA TVでは約50万人(件)が視聴するという大きな盛り上がりを見せた。
天心は、この世紀の一戦を最後にボクシングに転向することを試合後に改めて明言。そこで成功を収めるためのキーポイントを探ってみた。
「じっくりと」
年内にも見込まれるボクサーとしてのスタートを迎えるにあたって重要になるのはこの言葉だ。
武尊との試合は、契約体重が58キロで行われた。これはボクシングに当てはめるとフェザー級(前日計量時のリミットが57.1キロ)とスーパーフェザー級(同58.9キロ)の間となる。
だが体格などを考慮すると、天心がまず主戦場とするのはスーパーバンタム級(リミット55.3キロ)が有力だ。この階級の日本人ボクサーを見渡すと、元WBC世界バンタム級暫定王者の井上拓真(大橋)がWBOアジアパシフィックと日本タイトルの両王座を保持している。
さらに日本ランキング上位には元WBC世界Sバンタム級暫定王者の亀田和毅(TRY BOX)。近い将来には、現在バンタム級のWBAスーパー、WBC、IBF世界3団体統一王者・井上尚弥(大橋)もここに上げてくるのが確実なので、ファン目線とすれば対戦を心待ちに、あるいはいつ拳を合わせることが実現するのか期待するのは仕方のないところだろう。
「重要なのは周りが急ぎすぎないこと」
また、現在国内での世界王座最速獲得記録は田中恒成(畑中)が2015年5月にWBOミニマム級王者となった時の「5戦目」となっている。最速記録が作られた歴史を振り返ると、井上尚弥(6戦目)、井岡一翔(7戦目)、辰吉丈一郎(8戦目)、具志堅用高(9戦目)といったそうそうたる王者の名前が並ぶ。
天心はプロボクシングデビュー時点での世間からの注目度という点では、この名王者たちを超えているともいえる。それだけに、記録更新を期待されるのも自然なことだ。
加えてボクシングファン、格闘技ファンともに気になるのは「どこまで通用するのか」「世界王者になれるのか」ということだろう。このことは私自身としても気になる。そのため、ボクシング関係者と話をする機会があった時に「天心はボクシングでどこまでやれるものなのでしょうか?」と聞いてみた。
そこで言われたのは「世界王者になれる素質は十分にある」だった。記者(ライター)の性分で、こう言われると前述のような「天心、ボクシングで最速王者狙える」といった記事が書きたくなり、そのために必要な情報を集めようとする。
だが、そこで続いて言われたのは「そのため(天心が世界王者になるため)に重要なのは、周りが急ぎすぎないこと。いかにじっくりできるか」だった。
このひと言で「天心、最速王者狙える」の記事を書くことは幻となった。
似て非なるキックボクシングと国際式ボクシング
いくら才能に溢れた「キックの神童」とはいえ、いわゆる「国際式」のボクシングに慣れるにはある程度の時間が必要となる。頭部や顔面に蹴りを食らうと即KO負けにつながるキック系の格闘技経験者はどうしてもガードの位置が高くなる傾向がある。
また太ももやふくらはぎを蹴られても大きなダメージを負うが、いずれもボクシングではあり得ないので、ディフェンスのやり方が変わってくる。
攻撃面。さらには世界戦となると12ラウンド戦う体力作りやスタミナ配分といったことも含めて、こうした違いをしっかりとボクシングに合わせていき、その時々の力に応じた相手と試合を組んで確実にレベルアップしていく。
世界挑戦は、その時のチャンピオンが誰かによって交渉のしやすさが変わってくるので、思い通りにいかないことも多々ある。こうした要素を全て加味した上で「じっくり」成長させ、満を持して世界に挑むのが正解、というわけだ。
これだけの逸材がボクシングに来るのは、辰吉丈一郎の時代からボクシングを取材している身としても非常に楽しみ。「じっくりと」成長を見ていきたいと思う。
《ライタープロフィール》
森伊知郎(もり・いちろう)横浜市出身。1992年から2021年6月まで東京スポーツ新聞社でゴルフ、ボクシング、サッカーやバスケットボールなどを担当。ゴルフではTPI(Titleist Performance Institute)ゴルフ レベル2の資格も持つ。
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