プロ野球における背番号53の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号53の名選手たち


2017年現役選手の背番号「53」

2017年各球団の背番号「53」は下記の選手が背負っていた。

  • 日本ハム:立田将太選手(投手)
  • ソフトバンク:五十嵐亮太選手(投手)
  • ロッテ:江村直也選手(捕手)
  • 西武:愛斗選手(外野手)
  • 楽天:高梨雄平選手(投手)
  • オリックス:吉田雄人選手(外野手)
  • 広島:戸田隆矢選手(投手)
  • 巨人:髙田萌生選手(投手)
  • DeNA:パットン選手(投手)
  • 阪神:不在
  • ヤクルト:ルーキ選手(投手)
  • 中日:亀澤恭平選手(内野手)

不在:1球団
永久欠番:0球団
投手:7球団
捕手:1球団
内野手:1球団
外野手:2球団


2017年は、投手が7球団と投手の印象がやや強い背番号「53」。なかでも、五十嵐亮太選手(ソフトバンク)、ルーキ選手(ヤクルト)、高梨雄平選手(楽天)、パットン選手(DeNA)と中継ぎ投手が多く背負っている。
しかし、歴史を振り返ってみると野手でも好成績を残した選手は存在する。

近年随一のスピードスター・赤星憲広選手選手

『レッドスター』と呼ばれ、阪神タイガースだけでなく球界のスピードスターでもあった赤星憲広選手。2001年にプロ入りを果たし、故障で引退する2009年までの9年間を背番号「53」で過ごした。
1年目から39盗塁をマークし盗塁王と新人王を受賞。この年から5年連続盗塁王に輝いた。これは2017年終了時点でセ・リーグ記録にもなっている。

プロ入り1年目の2001年に当時、指揮を執っていた野村克也監督は俊足選手7人を集め『F1セブン』と命名する。その1号車に指名されたのは赤星選手だった。
その他の6人は藤本敦士選手、沖原佳典選手、上坂太一郎選手、平下晃司選手、松田匡司選手、高波文一選手。このメンバーの中で赤星選手はもっとも実績を残した。

試合中のケガが原因で引退となってしまったが、通算で381盗塁をマークした赤星選手。健康であれば福本豊氏(元・阪急)の1065盗塁に迫っていただろう。

『ロケットボーイズ』の一角!五十嵐亮太選手

ヤクルトスワローズ、福岡ソフトバンクホークスで中継ぎとして活躍する五十嵐亮太選手。メジャーリーグ経験もある日本のトッププレーヤーだ。
ヤクルト、そしてソフトバンクと日本球界では、背番号「53」を背負っている。

ヤクルト時代は石井弘寿選手とともに、ロケットボーイズとしてセットアッパーに定着。2004年には抑えとなり、最優秀救援投手のタイトルも獲得した。
メジャーリーグでは3球団に在籍し、83試合に登板。ここでの役割も日本時代と同じく中継ぎだった。

2013年に再び日本球界へ復帰。ソフトバンクに入団するとセットアッパーとなり、5年連続で30試合以上に登板するなど結果を残している。この五十嵐選手は、2017年終了時点で日米通算837試合に登板中。
今後の起用法次第では、岩瀬仁紀選手が記録している登板数の日本記録越を塗り替えるかもしれない。

『不惑の大砲』こと門田博光選手

40歳を超えても、なお長距離砲として活躍した門田博光選手。その背番号は入団から「27」「44」「60」「78」「53」と4度変更し5個の番号を背負っている。
そのなかで、現役最後の番号となったのが1991年、1992年の福岡ダイエーホークスで背負った「53」だ。

南海ホークス、オリックス・ブルーウェーブで活躍した門田選手は、1991年からダイエーへ加入。そのとき43歳であったが、112試合に出場し18本塁打を記録。
44歳となった翌1992年にも65試合に出場し7本塁打をマークする。この7本塁打は44歳での最多本塁打記録でもある。この年限りで現役を引退した門田選手の通算567本塁打、1678打点はNPB史上歴代3位だ。
『不惑の大砲』と呼ばれた男は王貞治選手、野村克也選手に次ぐ数字を残し球史に名を刻んだ。近年は、メジャーリーグへ挑戦する選手も増え、この記録を更新するのはむずかしいかもしれない。

1960年代におけるドジャースのレジェンド!ドン・ドライスデイル選手

メジャーリーグで活躍した背番号「53」の選手には、ドン・ドライスデイル選手がいる。1956年にブルックリン・ドジャース(現・ロサンゼルス・ドジャース)でメジャーデビューを果たす。
2年目に17勝をマークすると、そこから12年連続2桁勝利を達成。1962年には25勝9敗、232奪三振、防御率2.83の成績を残し最多勝、最多奪三振のタイトルを獲得しサイ・ヤング賞も受賞した。

1968年には6試合連続完封勝利をマークするなど、58.2回連続無失点記録を樹立する。この記録はドジャースの後輩である、オーレル・ハーシュハイザー選手に破られるまでメジャーリーグ記録でもあった。
1969年に現役を引退するまでに通算209勝166敗をマーク。1984年には野球殿堂入りも果たし、入団から引退まで背負い続けた「53」がドジャースの永久欠番にもなった。

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