「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

野手激減!?プロ野球における背番号41の選手たち

2022 6/14 11:00SPAIA編集部
西武の井上広輝・ソフトバンクの千賀滉大・巨人の中川皓太,ⒸSPAIA
このエントリーをはてなブックマークに追加

ⒸSPAIA

2022年現役選手の背番号「41」

2022年各球団の背番号「41」は下記の選手が背負っている。

ヤクルト:柴田大地投手
阪神:村上頌樹投手
巨人:中川皓太投手
広島:矢崎拓也投手
中日:勝野昌慶投手
DeNA:櫻井周斗投手
オリックス:佐野皓大外野手
ロッテ:成田翔投手
楽天:釜田佳直投手
ソフトバンク:千賀滉大投手
日本ハム:ブライアン・ロドリゲス投手
西武:井上広輝投手

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:11球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:1球団

投手の番号として使用されることの多い背番号41。2022年は千賀滉大(ソフトバンク)ら11球団で投手が着用している。ヤクルトは投手から野手に転向した雄平が「41」を背負っていたが引退したため、2022年からドラフト3位ルーキーの柴田大地が着用している。

阪神でもこれまで川尻哲郎や伊良部秀輝、上園啓史ら投手が背負うことが多く、2020年に加入した内野手のジャスティン・ボーアを挟んで2021年から再び投手の村上頌樹が背負っている。

オリックスは2010年2月のキャンプ中に小瀬浩之がホテルから転落死して以来、空き番になっていたが、2020年から佐野皓大が着用している。

「平成の大エース」斎藤雅樹

2018年まで巨人のコーチを務めていた斎藤雅樹氏は、1982年ドラフト1位で市立川口高から巨人に入団した。背番号41で現役生活をスタートすると、2年目に一軍デビューして4勝0敗の成績でブレイク。3年目の1985年は4完封を含む12勝をマークし、エース格へと成長した。

その後、1989年に20勝7敗、防御率1.62の好成績をマークし、沢村賞を受賞。同年には11試合連続完投勝利の日本記録も樹立している。この活躍があり背番号「41」から「11」へ変更した。翌1990年にも20勝をマークし「平成の大エース」と称されるようになる。

2001年に現役を引退するまでに180勝、防御率2.77の成績を残した斎藤氏。沢村賞3回は史上最多タイだ。

現役引退後は指導者としてチームに残り、一、二軍投手コーチや二軍監督などを歴任。2016年オフシーズンに行われたWBSC U-23ワールドカップでは日本代表監督を務めた。

選手、監督、編成で西武を支える渡辺久信氏

西武のGMを務めている渡辺久信氏は、現役時代、背番号41を背負う本格派右腕として活躍した。

1983年ドラフト1位で西武に入団。2年目の1985年に8勝11セーブを挙げると、翌1986年にはリーグ1位の16勝、178奪三振をマークして最多勝のタイトルを獲得した。以降もエース格として1980年代後半から西武の黄金時代を支えた。

また、阿波野秀幸(元近鉄他)、西崎幸広(元日本ハム他)らとともに女性ファンの人気が高かったことでも知られている。1997年に西武を退団、現役晩年はヤクルト、さらに台湾に渡って最多勝を獲得するなど実績を残し、2001年に現役引退した。

その後、指導者として古巣の西武に復帰し、2008年から監督就任。その時の背番号は「41」ではなく「99」だった。2013年に監督を退いた後はフロント入りしてチームを支えている。

渡辺氏以後、西武の「41」は鳥谷部健一、後藤光貴、木村文和、相内誠と受け継がれ、2020年からドラフト6位で入団した井上広輝が背負っている。渡辺氏を超える選手の誕生が待たれる。

中日の背番号41から2人のレジェンド誕生

中日におけるレジェンドのひとりでもある高木守道氏。「ミスタードラゴンズ」と呼ばれ、通算2274安打を放って名球会入りも果たしている。盗塁王に3度輝くなど走攻守三拍子揃った名二塁手だった。

高木氏は背番号「1」のイメージが強いが、入団当初は「41」だった。1960年に中日へ入団して「41」を背負うと、初打席初本塁打を放つなど1年目から結果を残し、1962年まで3年間この番号を着用している。

高木氏の後に6選手が着用し、1976年から谷沢健一氏が「41」を受け継いだ。早稲田大学から1969年ドラフト1位で中日に入団した当初に背負ったのは「14」。1年目の1970年からレギュラーを獲得し、1972年から1975年まで4年連続打率2割9分台と、打率3割にあと一歩届かない成績が続いていた。

しかし、1976年に背番号を「41」に変更すると、打率.355で首位打者を獲得。その後、アキレス腱断裂の大けがを負うも1980年に打率.369で2度目の首位打者を獲得し、カムバック賞も受賞した。1986年に引退するまでに積み上げた安打は2062本。球団では高木氏に続いての名球会入りとなった。

現在、中日の背番号41は2018年ドラフト3位の勝野昌慶が着用。前任の浅尾拓也に負けない活躍が期待されている。

稲葉から雄平へ受け継がれたヤクルトの背番号41

侍ジャパン日本代表の監督を務める稲葉篤紀氏。現役時代はヤクルト、日本ハムでプレーし、通算2167安打を記録。名球会入りも果たした名選手だった。

稲葉氏は1995年にヤクルトへ入団すると背番号41を与えられる。ヤクルトの「41」は杉村繁現打撃コーチ、角富士夫氏らが背負っていた番号だった。

ルーキーイヤーから67試合に出場。規定打席には届かなかったものの、打率.307(215打数66安打)、8本塁打、40打点をマーク。初打席初本塁打を放つなど、期待の若手として注目を浴びる存在となった。

2年目にレギュラーを獲得し、2004年までヤクルトでプレー。同年オフにメジャー挑戦を目指してFA宣言したが、メジャー移籍は叶わず、日本ハムに移籍した。移籍1年目の2005年こそ背番号58だったが、2006年からはヤクルト時代と同じ「41」を着用した。

一方、稲葉が去ったヤクルトの背番号41は、木田優夫、雄平が受け継ぎ、2022年から柴田大地が着用。日本通運からドラフト3位で入団した右腕の飛躍が期待される。

【関連記事】
近年は野手の番号? プロ野球で背番号13を背負う選手たち
左腕エース番号?プロ野球における背番号21の選手たち
剛腕ナンバー?プロ野球における背番号53の選手たち