プロ野球における背番号35の名選手たち|【SPAIA】スパイア

「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

プロ野球における背番号35の名選手たち


2017年現役選手の背番号「35」

2017年各球団の背番号「35」は下記の選手が背負っていた。

日本ハム:榎下陽大選手(投手)
ソフトバンク:モイネロ選手(投手)
ロッテ:寺嶋寛大選手(捕手)
西武:牧田和久選手(投手)
楽天:島内宏明選手(外野手)
オリックス:比嘉幹貴選手(投手)
広島:下水流昂選手(外野手)
巨人:西村健太朗選手(投手)
DeNA:三上朋也選手(投手)
阪神:才木浩人選手(投手)
ヤクルト:菊沢竜佑選手(投手)
中日:木下拓哉選手(捕手)

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:8球団
捕手:2球団
内野手:0球団
外野手:2球団

投手、野手どちらも着用することがある背番号「35」。2017年シーズンの着用者を見ると牧田和久選手(西武)がひときわ目立つ存在だ。
数少ないアンダースローとして先発、抑えと様々な役割をこなし、第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも日本代表に選ばれた。その日本代表でも西武と同じ背番号「35」を使用している。

野手に目を向けると、2017年シーズンに初めて規定打席到達を果たした島内宏明選手がこの番号だ。明治大学から2011年ドラフト6位で入団し6年目で花開いた格好だ。明治大学時代の同期には広島東洋カープの野村祐輔選手がいる。

福岡ソフトバンクホークスのモイネロ選手は2017年シーズン途中に育成契約から支配下登録を勝ち取り、背番号「35」を手に入れた。貴重な中継ぎ左腕として活躍し、リーグ優勝に大きく貢献している。

20勝をマークするも現役を引退したマイク・ムッシーナ選手

ボルチモアオリオールズ、ニューヨークヤンキースで活躍したマイク・ムッシーナ選手。メジャーデビューを果たした1991年を除いて背番号「35」でプレーしていた。ムッシーナ選手はデビュー2年目となる1992年に18勝をマークし、オールスターにも出場。一流投手の仲間入りを果たすことになる。

ムッシーナ選手は初の2桁勝利から引退する2008年まで、17年連続2桁勝利を達成し通算270勝をマークしている。また引退年度に20勝を達成。これは1966年のサンディー・コーファックス選手以来42年ぶりとなった。

表彰としてはゴールドグラブ賞を7回受賞しているものの、投手タイトルは1995年の最多勝1度のみ。飛び抜けた成績はなかったが、安定した活躍をしていたのである。
2017年時点でアメリカ野球殿堂入りを果たせていないが、将来的には入会が予想されている。また、ムッシーナ選手は野球だけでなく学業も優秀であり、スタンフォード大学を主席で卒業していることでも有名だ。

ホワイトソックスのレジェンドでもあるフランク・トーマス選手

メジャーリーグにおいてレジェンドのひとりでもあるフランク・トーマス選手。通算本塁打521本は歴代20位タイでもある。そのトーマス選手は、1990年にシカゴホワイトソックスでメジャーデビュー。
背番号は「15」だった。翌1991年から背番号「35」を背負うとレギュラーに定着。2005年までの16年間をホワイトソックスで過ごすことになる。
その間にMVP2回、首位打者1回を獲得する。しかし、2005年のワールドチャンピオン達成時は故障離脱をしており、ポストシーズンで1試合も出場することはできなかった。

翌2006年からはホワイトソックスを離れオークランドアスレチックス、トロントブルージェイズ、再びアスレチックスと渡り歩く。しかし、往年の力は残っておらず2008年にアスレチックスでプレーしたのが最後だった。
その後、2010年に正式に引退を表明。同時に背番号「35」はホワイトソックスの永久欠番にもなった。通算では2322試合に出場し2468安打を放ち2014年には野球殿堂入りを果たしている。

ヤクルトの「35」は指導者に!?

2017年シーズンから東京ヤクルトスワローズの指揮を執ることになった小川淳司監督。その現役時代の背番号は「35」だった。小川選手は習志野高校のエースとして1975年夏の甲子園で全国制覇。プロ入りはせずに中央大学へ進学し外野手へ転向。
日米野球において日本代表にも選ばれるなど、アマチュア時代から実績を残していた。その後、社会人野球の河合楽器を経て1981年ドラフト4位でヤクルトへ入団する。

プロ入り後、規定打席に到達することはなかったがヤクルトで10年、日本ハムファイターズで1年と11年間現役生活を送る。現役引退後はスカウトに転身し1996年からコーチとなりチームの強化を務める。
2010年途中から2014年まで一軍監督として指揮を執り、その後再びフロントへもどりシニアディレクターとして編成を任されていた。選手時代に大きな実績を残していないが、監督を2度務めることからも人望の厚さがうかがいしれる。

2014年からヤクルトにおいて指導している三木肇コーチも現役時代に「35」を背負っていた。戦友でもあった真中満監督は退任となったが、三木コーチは2017年シーズンもチームに残ることが発表されている。2017年シーズン最下位に沈んだチームを小川監督とともに立て直すことが期待される。

巨人の背番号「35」

読売ジャイアンツにおいて初代の背番号「35」は藤本英雄選手だ。これは、東京巨人軍時代の1942年のこととなる。藤本選手は1942年、1943年の2シーズンをこの番号で戦っており、とくに1943年の成績は圧巻だった。
56試合に登板し19完封を含む34勝11敗、防御率0.73、253奪三振、勝率.756を記録。最多勝、最優秀防御率、最多勝、最高勝率のタイトルを獲得した。この年に記録した19完封、防御率0.73は2017年現在もプロ野球記録として残っている。

その後、多くの選手が「35」を背負っている。淡口憲治選手、清水隆行選手、亀井義行選手といった実績のある選手も着用した番号でもある。2010年からは西村健太朗選手が着用中。
西村選手は中継ぎ、抑えとして活躍し2013年には42セーブをマークし最多セーブのタイトルを獲得しセ・リーグ優勝に大きく貢献。藤本選手以来の背番号「35」を着用した投手によるタイトル獲得となった。
故障もあり、近年は成績を落としていたが、2017年シーズンには中継ぎとして復活。45試合に登板し防御率3.56と一定の成績を残している。2018年シーズン以降もブルペンの柱として期待がかかる。

おすすめの記事

関連記事

プロ野球 試合経過・結果

セ・リーグ

パ・リーグ

{{league_title}}

  • 本日開催される試合はありません

B1 順位表

東地区
中地区
西地区
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}

プロ野球 OPS順位

セ・リーグ
パ・リーグ
 選手名・所属チームOPS 
{{index + 1}}{{item.raw.Name}}{{item.raw['ShortName-Team']}}{{item.metrics.ops.toFixed(3)}}{{item.metrics.ops.toFixed(3).substring(1)}}
 選手名・所属チームOPS 
{{index + 1}}{{item.raw.Name}}{{item.raw['ShortName-Team']}}{{item.metrics.ops.toFixed(3)}}{{item.metrics.ops.toFixed(3).substring(1)}}

人気記事ランキング

関連記事

SPAIA スポーツコラム ライター募集中!