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プロ野球における背番号33の名選手たち

2017 12/23 12:24cut
野球,バット
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2017年現役選手の背番号「33」

2017年各球団の背番号「33」は下記の選手が背負っていた。

日本ハム:大田泰示選手(外野手)
ソフトバンク:鶴岡慎也選手(捕手)
ロッテ:南昌輝選手(投手)
西武:山川穂高選手(内野手)
楽天:銀次選手(内野手)
オリックス:縞田拓弥選手(内野手)
広島:菊池涼介選手(内野手)
巨人:マギー選手(内野手)
DeNA:乙坂智選手(外野手)
阪神:糸原健斗選手(内野手)
ヤクルト:畠山和洋選手(内野手)
中日:祖父江大輔選手(投手)

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:2球団
捕手:1球団
内野手:7球団
外野手:2球団

内野手の番号として使用されることが多い背番号「33」。菊池涼介選手(広島)、銀次選手(楽天)といったヒットメーカーから、マギー選手(巨人)、畠山和洋選手(ヤクルト)といった強打者も背負っている。
このように着用している選手を見る限り、2017年現在では番号によるイメージは定着していない。

北海道日本ハムファイターズに2017年から加入した大田泰示選手。読売ジャイアンツ時代に「55」、「44」と背負い、新天地では再びぞろ目の「33」を与えられている。

2度目の監督で背番号「33」を背負った長嶋茂雄監督

1992年オフに長嶋茂雄氏が2度目の監督に就任した際、背番号に選んだのが「33」だった。現役時代の「3」を2つ重ねてこの番号を選んだのだ。

この第2次長嶋政権において長嶋監督が初めて参加した1992年ドラフト会議では、4球団競合だった星稜高校の松井秀喜選手を抽選で引き当てている。当たりくじを確認した瞬間に満面の笑みを浮かべ、サムアップしたシーンは何度も報道などで目にしたシーンでもある。

長嶋監督といえば、就任4年目となった1996年のできごとが印象的だ。巨人は7月上旬の時点で、首位の広島東洋カープに11.5ゲーム差をつけられていた。しかし、ここから驚異的な追い上げを見せ、逆転でリーグ優勝。このできごとを『メークドラマ』と長嶋監督は呼び、新語・流行語大賞にも選ばれている。

1999年まで7シーズンを背番号「33」で戦い、リーグ優勝2回、日本一1回の成績を残す。当時は野村克也監督率いるヤクルトスワローズと、毎シーズン首位を争っており、メディアは『長嶋巨人vs.野村ヤクルト』の構図で取り上げていた。
また、野村監督はデータを中心とした野球、通称『ID野球』を提唱。長嶋監督の野球を『勘ピューター』と皮肉る。このように長嶋監督と野村監督は選手時代だけではなく、監督になってからもライバル関係だったのだ。

第2次長嶋監督時代は1993年から2001年まで続いていたが、背番号「33」は1999年までの着用となっている。それは、広島からFA宣言を行った江藤智選手に譲り渡すためである。

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