プロ野球における背番号34の名選手たち|【SPAIA】スパイア

「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

プロ野球における背番号34の名選手たち


2017年現役選手の背番号「34」

2017年各球団の背番号「34」は下記の選手が背負っていた。

日本ハム:堀瑞輝選手(投手)
ソフトバンク:山田大樹選手(投手)
ロッテ:土肥星也選手(投手)
西武:佐野泰雄選手(投手)
楽天:武藤好貴選手(投手)
オリックス:吉田正尚選手(外野手)
広島:高橋昂選手也(投手)
巨人:永久欠番(金田正一選手)
DeNA:平田真吾選手(投手)
阪神:高宮和也選手(投手)
ヤクルト:オーレンドルフ選手(投手)
中日:福敬登選手(投手)

不在:0球団
永久欠番:1球団
投手:10球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:1球団

投手の番号として着用されることが多い背番号「34」。通算400勝をマークしている金田正一選手の影響だろう。2017年シーズンも10球団で投手の番号となっている。

唯一の野手登録における背番号「34」はオリックス・バファローズの吉田正尚選手だ。吉田選手は2015年ドラフト1位で青山学院大から入団。故障は多いもののスラッガーとして活躍。少ない試合数ながら本塁打を量産し背番号「34」の野手として結果を残している。
投手があたりまえのようにつけている同番号のイメージを、一新するような活躍に期待が掛かる。

ヤクルトでは永久欠番となっていない金田正一選手

日本プロ野球界でもっとも有名な背番号「34」は、国鉄スワローズ(現・東京ヤクルトスワローズ)や読売ジャイアンツで活躍した金田正一選手だろう。
金田選手は1950年に国鉄入りを果たし、背番号「34」を背負い活躍した。2年目となる1951年から14年連続20勝以上を達成するなど3度の最多勝に輝き、1965年から移籍した巨人では通算勝利数を400勝まで延ばし、1969年をもって現役を引退している。

引退後に1973年から1978年、1990年、1991年と2期8年に渡りロッテオリオンズ(現・千葉ロッテマリーンズ)の監督を務めている。この際の背番号も現役時代と同じく「34」だった。

国鉄において353勝、巨人で47勝を挙げているが国鉄では永久欠番とならず、巨人でのみ「34」が永久欠番となっている。国鉄の後継球団であるヤクルトで「34」は、現在も通常通り使用されており、外国人選手に与えられることが多い。

2001年からニューマン選手、ベバリン選手、ガトームソン選手、シコースキー選手、リオス選手、八木亮佑選手、バーネット選手、デイビーズ選手、オーレンドルフ選手と9選手が着用しているがうち8選手が外国人投手だ。 今後も背番号「34」が外国人選手の番号となるのか注目したい。

中日ドラゴンズにおける背番号「34」

中日ドラゴンズにおいては、2015年に現役を引退した山本昌選手が背番号「34」を1984年から32年間にわたり着用していた。この「34」は中日の球団方針により永久欠番とならず、山本選手の引退翌年から福敬登選手が受け継いでいる。

山本選手の番号が印象強い中日の背番号「34」だが、山本選手以前にも名選手が着用していた。「スピードガンの申し子」とも呼ばれていた小松辰雄選手だ。

小松選手は、1978年ドラフト2位で入団すると背番号「34」を与えられ、2年目の1979年から抑えとして活躍する。1981年からは先発もこなすようになり、初の規定投球回到達を果たしている。
その後、1984年から背番号「20」に変更。1985年に沢村賞を受賞するなど中日の一時代を築いた投手となっている。

「ライアンエクスプレス」ことノーラン・ライアン選手

メジャーリーグ3球団で、永久欠番となっているのがノーラン・ライアン選手だ。そのうちテキサスレンジャーズ、ヒューストンアストロズの2球団は背番号「34」だ。
ライアン選手は、1966年にニューヨークメッツでメジャーデビュー。以降、カリフォルニアエンゼルス(現・ロサンゼルスエンゼルス)、アストロズ、レンジャーズと渡り歩き324勝をマーク。
奪った三振5714個はメジャーリーグ史上最多となっている。また、ノーヒットノーランを7回記録するなど伝説的な投手でもあり、「ライアンエクスプレス」との異名もつけられていた。

デビューを果たしたメッツでは永久欠番となっていないものの、エンゼルスでは背番号「30」が永久欠番に制定されている。現役引退後はレンジャーズ、アストロズのフロントとして活躍中だ。
アメリカでは日本と違い、現役引退後に監督、コーチとしてではなくフロントで辣腕を振るうことが多い。ライアン選手もその一人だ。

緑内障で早期引退!カービー・パケット選手

ミネソタツインズにおいて12年間プレーし、通算2304安打を放ったカービー・パケット選手。1度も移籍することなくフランチャイズプレーヤーとしてツインズで過ごし、生涯を通じて背番号は「34」だった。
メジャーデビュー3年目の1986年から1995年まで10年連続でオールスターゲームに出場。首位打者、打点王を各1度ずつ獲得している名選手でもある。

パケット選手は35歳となった1995年も打率.314(538打数169安打)、23本塁打、99打点と実力を発揮。力は衰えていなかったが、緑内障の影響で右目を失明。現役引退を余儀なくされることとなる。

1997年にはツインズにおいて背番号「34」が永久欠番に制定され、2001年にはアメリカ野球殿堂入りを果たしたパケット選手だが2006年に心臓発作で亡くなった。45歳とまだ若く、ツインズファンをはじめとしたメジャーリーグファンに大きな悲しみを与えている。

レッドソックスのレジェンドでもあるデービッド・オルティス選手

2017年、ボストンレッドソックスにおいて背番号「34」が永久欠番となった。これは「ビッグパピ」ことデービッド・オルティス選手の背番号だ。

オルティス選手は1997年にツインズでメジャーデビューを果たすと、2003年からレッドソックスへと移籍。2006年には54本塁打、137打点で本塁打王、打点王の2冠に輝くと以降2016年までレッドソックス一筋で活躍。
最後の年となった2016年も127打点を挙げ、打点王に輝くなど指名打者として長きにわたりチームに貢献した。

気が短いことでも知られており、球審の判定に不満があるとバットでベンチ内の電話を破壊するなど荒っぽい一面もあった。しかし、バットで結果を残しファンには愛される存在だったのだ。

引退後はテレビ解説などで活躍しており、ともに同じ時代をライバルとして戦ったアレックス・ロドリゲス選手らと共演を果たしている。

おすすめの記事

関連記事

プロ野球 試合経過・結果

セ・リーグ

パ・リーグ

{{league_title}}

  • 本日開催される試合はありません

B1 順位表

東地区
中地区
西地区
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}
:Bリーグ チャンピオンシップ出場チーム
:B1 残留プレーオフ出場チーム
チーム勝率
{{club.Rank}}{{club.TeamNameS}}
{{club.WinningCount}}{{club.LosingCount}}{{trimFirstZero(club.WinningRate)}}{{getFormattedGameBehind(club)}}

プロ野球 OPS順位

セ・リーグ
パ・リーグ
 選手名・所属チームOPS 
{{index + 1}}{{item.raw.Name}}{{item.raw['ShortName-Team']}}{{item.metrics.ops.toFixed(3)}}{{item.metrics.ops.toFixed(3).substring(1)}}
 選手名・所属チームOPS 
{{index + 1}}{{item.raw.Name}}{{item.raw['ShortName-Team']}}{{item.metrics.ops.toFixed(3)}}{{item.metrics.ops.toFixed(3).substring(1)}}

人気記事ランキング

関連記事

SPAIA スポーツコラム ライター募集中!