プロ野球における背番号31の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号31の名選手たち


2017年現役選手の背番号「31」

2017年各球団の背番号「31」は下記の選手が背負っていた。

日本ハム:村田透選手(投手)
ソフトバンク:栗原陵矢選手(捕手)
ロッテ:田中英祐選手(投手)
西武:岩尾利弘選手(投手)
楽天:美馬学選手(投手)
オリックス:小谷野栄一選手(内野手)
広島:石原慶幸選手(捕手)
巨人:松本哲也選手(外野手)
DeNA:柴田竜拓選手(内野手)
阪神:掛布雅之選手(二軍監督)
ヤクルト:山崎晃大朗選手(外野手)
中日:野本圭選手(外野手)

不在:0球団
永久欠番:0球団
二軍監督:1球団
投手:4球団
捕手:2球団
内野手:2球団
外野手:3球団

投手、野手どちらの印象もある背番号「31」。2017年シーズンもポジションの偏りはなく投手、捕手、内野手、外野手が背負っている。また、首脳陣として阪神の掛布雅之二軍監督も着用している。

エース、主軸といった選手が着用することは少なく、今シーズンに着用している選手でもプロ入り後に大きな実績を残している選手は見当たらない。
広島東洋カープの石原慶幸選手が、長らく正捕手を務めているのが目につくくらいだ。過去を見ても「ミスタータイガース」こと掛布雅之選手程度だ。

今後、背番号「31」のスタープレーヤーが新たに誕生することに期待したい。

『ミスタータイガース』こと掛布雅之選手

現役時代に『ミスタータイガース』とも呼ばれた掛布雅之選手。
その背番号は入団当時か「31」だった。1973年ドラフト6位で習志野高校から入団し、2年目からレギュラーを獲得すると、1979年には48本塁打で初の本塁打王を獲得。その後も2度の本塁打王を獲得するなど、長距離砲としてファンに愛されていた。
また阪神タイガースの4番として、巨人のエースでもあり同学年の江川卓選手とは多くの名勝負を繰り広げている。

1988年の現役引退後に現場を離れていたが、2014年から阪神フロント入りを果たし、2016年からは二軍監督として若手の育成を行っている。このとき、1988年以来28年ぶりに背番号は「31」へと袖を通した。
また、一軍監督へと就任した金本知憲監督も自信の現役時代の番号である背番号「6」を着用。一軍・二軍の両監督が、ともに現役時代の背番号を背負うこととなったことも話題を呼んだ。

就任から2年間で金本監督が掲げる「超変革」というスローガンのもとに若手を鍛え、一軍に多く選手を送り込んだ掛布二軍監督。しかし、2017年シーズンをもって退任。
その結果、再び背番号「31」は空き番号となることが濃厚だ。ミスタータイガースにふさわしい選手が、この伝統のある番号を背負うことに期待が掛かる。

日大出身、左投左打、小柄と共通点の多い真中満監督と山崎晃太朗選手

東京ヤクルトスワロースの指揮を2015年から3年間執り、2017年シーズン限りで退任となった真中満監督。その現役時代の背番号は「31」だった。1992年ドラフト3位で日本大学からヤクルトへ入団した真中選手。
6年目のシーズンとなる1998年にレギュラーを獲得すると、翌1999年には打率.308を記録している。その後も青木宣親選手(現・メッツ)らが台頭するまでレギュラーを務めていた。
また、2007年には2017年終了現在も日本記録となっているシーズン代打起用98回、31安打をマーク。代打の切り札としても活躍した。2008年限りで現役を引退後真中選手はコーチ、監督となり背番号は「77」へと変更した。

背番号「31」はユウイチ選手へ受け継がれ、2016年からは山崎晃太朗選手が背負っている。山崎選手は真中監督と同じく日大の出身でもあり、左投げ左打ちの外野手と共通点は多い。また、170センチの真中選手と同様に173センチと小柄である。
真中監督は2017年シーズン後半に山崎選手を1番・中堅として固定で起用し育成に務めた。真中監督は退任となってしまうが、山崎選手は真中監督の意志を継ぎ背番号「31」を守って欲しい。

イチロー選手も背負ったヤンキースの「31」

オリックス・ブルーウェーブからシアトルマリナーズへと活躍の場を移したイチロー選手(現マリーンズ)。背番号は一貫して「51」だった。2017年現在、メジャーリーグ3球団目となるマイアミマーリンズでも背番号「51」を背負っている。
そのイチロー選手がニューヨークヤンキースでは、「51」ではなく「31」を着用した。それは、ヤンキースのレジェンドの一人でもあるバーニー・ウィリアムス選手が、背番号「51」着用していたからだ。

現在、ヤンキースの「51」は2015年に永久欠番となっている。しかし、イチロー選手が移籍した2012年は空き番号となっており、着用は可能だった。しかし、イチロー選手は、ウィリアムス選手が背負っていた「51」を固持し「31」を選択したのだ。
プロとなったイチロー選手が「51」意外の番号を背負ったのは、2017年現在でヤンキース時代の「31」のみとなっている。

ヤンキースの「31」は多くの選手が着用している。その中でも歴史に名を残したのが、1981年から1990年途中まで在籍したデーブ・ウィンフィールド選手だ。
ウィンフィールド選手は、サンディエゴ・パドレスからヤンキースに移籍した1981年から1988年まで8年連続でオールスター出場。メジャーリーグ通算3110安打を放ち、野球殿堂入りも果たしている名選手だ。
2017年シーズン終了時点でイチロー選手は3080安打となっており、ウィンフィールド選手の安打記録更新にも期待が掛かる。

野茂英雄選手とバッテリーを組んでいたマイク・ピアッツァ選手

メジャーリーグでイチロー選手やウィンフィールド選手も着用していた背番号「31」。その他、日本でもなじみ深い選手が着用していた。ロサンゼルスドジャースなどで活躍したマイク・ピアッツァ選手だ。
ピアッツァ選手は野茂英雄選手がドジャースへ移籍した際、正捕手としてバッテリーを組んだ選手でもある。その当時の背番号が「31」であった。

強打の捕手として知られ、1912試合に出場し通算427本塁打を放ち、5チームで活躍。第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ではイタリア代表としてもプレーした。(イタリア系アメリカ人のため)

日本ではCM出演も果たすなど、異例の人気を誇っていたピアッツァ選手は、現役引退後の2016年にアメリカや球団殿堂入りも果たしている。

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