プロ野球における背番号23の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号23の名選手たち


2017年現役選手の背番号「23」

2017年シーズンは永久欠番となっている阪神タイガース、東京ヤクルトスワローズの2球団を除く10球団が使用している背番号「23」。投手、捕手、内野手、外野手ともにまんべんなく使用されており、特定のポジションによるイメージはついていない。

2017年各球団の背番号「23」は下記の選手が背負っている。

日本ハム:渡邉諒選手(内野手)
ソフトバンク:城所龍磨選手(外野手)
ロッテ:酒居知史選手(投手)
西武:野田昇吾選手(投手)
楽天:聖澤諒選手(外野手)
オリックス:伏見寅威選手(捕手)
広島:薮田和樹選手(投手)
巨人:相川亮二選手(捕手)
DeNA:松尾大河選手(内野手)
阪神:永久欠番(吉田義男選手)
ヤクルト:不在
中日:遠藤一星選手(内野手)

不在:1球団
永久欠番:1球団
投手:3球団
捕手:2球団
内野手:3球団
外野手:2球団

ヤクルトにおいては青木宣親選手(現・メッツ)、山田哲人選手と「ミスタースワローズ」が続けて誕生したこともあり、有望株が現れるまで空き番号とする可能性もありそうだ。

山田哲人選手、青木宣親選手が着用したヤクルトの出世番号!

2015年、2016年と2年連続でトリプルスリー(打率3割以上、30本塁打以上、30盗塁以上)を達成した山田哲人選手(ヤクルト)。現在の背番号はミスタースワローズの象徴でもある「1」だ。しかし、入団時に背負っていた番号は「23」だった。

山田選手は2010年ドラフト1位で履正社高校からヤクルトに入団。新入団選手発表会では舞台上で倒立歩行を披露するなど、入団時から注目を浴びていた。このドラフトでヤクルトは斎藤佑樹選手(日本ハム)、塩見貴裕選手(楽天)の抽選を外しており山田選手はハズレハズレ1位指名である。
また、山田選手もオリックス・バファローズと競合していたことも注目される要素のひとつだった。

入団時に与えられた背番号は青木宣親選手(現・メッツ)が着用していた「23」。この番号を与えられたことからも山田選手への期待度がうかがいしれる。1年目となる2011年のシーズン中に一軍昇格はならなかったが、クライマックスシリーズでメンバー入りし、第2戦で先発出場を果たしている。高卒新人のクライマックスシリーズ先発出場は史上初のことでもあった。

その山田選手が覚醒したのは2014年のことだ。二塁手でレギュラーを確保すると143試合に出場し打率.324(596打数193安打)、29本塁打、89打点、15盗塁の大ブレイク。最多安打のタイトルを獲得しベストナインにも選ばれた。
翌2015年には柳田悠岐選手(ソフトバンク)と同時にトリプルスリーを達成。シーズンオフに背番号が「23」から「1」へと変更となった。この背番号変更の際には先代の「23」、「1」両方を背負っていた青木選手がサプライズで登場。山田選手を驚かせている。

このように、青木選手、山田選手が着用した「23」はヤクルトにおいて出世番号となった。2017年シーズンは不在となっているが、次に背負うのが誰になるのか注目したい。

7年連続3割達成!ロバート・ローズ選手

横浜ベイスターズ(現・横浜DeNAベイスターズ)だけでなく、日本球界で見てもトップランクの外国人選手といえるロバート・ローズ選手。1993年から2000年までの8年間日本でプレーし、背番号は1度も変わることなく「23」を背負い続けていた。

日本初年度である1993年に打点王を獲得。1994年から2000年まで7年連続打率3割以上をマーク。1999年には打率.369(521打数192安打)、37本塁打、153打点の成績を残し首位打者、打点王の二冠を達成している。翌2000年も最多安打のタイトルを獲得するなど衰えを見せることはなかった。
しかし、このシーズン終了後の契約交渉で球団と決裂。アメリカへ帰国することになってしまう。アメリカではプレーをしなかったが、自宅などでトレーニングは続けており、その後2003年に千葉ロッテマリーンズと契約。しかし、キャンプ中に退団し現役を引退することになった。

ロッテではプレーできなかったが、日本で大きなケガをすることもなく8年間で1039試合に出場。打率.325(3929打数1275安打)、167本塁打、808打点をマーク。打撃だけでなく二塁の守備でゴールデングラブ賞(1998年)も受賞。攻守において活躍した外国人選手だった。

その後、横浜ではローズ選手以降、小川博文選手、藤田一也選手、内村賢介選手、松尾大河選手と二遊間の選手がこの番号を着用している。

「打てる捕手」木俣達彦選手

中日ドラゴンズ一筋19年で2142試合に出場し1876安打を放っている木俣達彦選手。背番号は1964年の入団から一貫して「23」を背負っていた。入団2年目となる1965年に132試合に出場しレギュラー捕手として定着。しかし、打率.212(419打数89安打)と打撃は奮わなかった。

その後、1967年に21本塁打をマークすると5年連続20本塁打以上をマーク。1969年には33本塁打、1970年には30本塁打を記録している。また、1974年には打率.322(438打数141安打)を記録し初めて打率を3割に到達させるなど徐々に向上。「打てる捕手」として中日を支えていた。

捕手としては野村克也選手に次ぐ1876安打を記録していたが、引退後に谷繁元信選手(元・中日他)、古田敦也選手(元・ヤクルト)に更新された。2016年終了時点では歴代第4位の安打数となっている。

木俣選手以降、中日の「23」は野手・投手ともに着用し捕手伝統の番号とはならなかった。

ヤンキースの永久欠番ドン・マッティングリー選手

2017年シーズンはイチロー選手が所属するマイアミ・マーリンズで指揮を執っているドン・マッティングリー監督。現役時代はニューヨーク・ヤンキースで14年間にわたりプレーし、首位打者も獲得している巧打者だった。メジャーリーグでは珍しく、1球団のみで現役を終えた選手でもある。

メジャーデビュー3年目の1984年から引退する1995年まで背番号「23」を背負い続けていた。14年間の現役生活1785試合で打率.307(7003打数2153安打)をマークし、引退後の1997年に永久欠番となった。

メジャーリーガーとしては珍しく引退後にコーチに就任。2004年から2007年までを古巣ヤンキースで指導を行った。その後、2008年からロサンゼルス・ドジャースにチームを移し2011年には監督へ就任。2013年から2015年まで地区3連覇を果たしたが退団し、2016年からはマイアミ・マーリンズで指揮を執っている。

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