プロ野球における背番号20の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号20の名選手たち


2017年現役選手の背番号「20」

投手の印象が強い背番号「20」。その印象通り、2017年は全12球団が背番号「20」を投手に与えている。2017年各球団の背番号「20」は下記の選手だ。

日本ハム:上原健太選手(投手)
ソフトバンク:寺原隼人選手(投手)
ロッテ:東條大樹選手(投手)
西武:野上亮磨選手(投手)
楽天:安樂智大選手(投手)
オリックス:近藤大亮選手(投手)
広島:永川勝浩選手(投手)
巨人:マシソン選手(投手)
DeNA:須田幸太選手(投手)
阪神:メンデス選手(投手)
ヤクルト:山本哲哉選手(投手)
中日:野村亮介選手(投手)

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:12球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:0球団

この番号はプロ野球の歴史において大エースが着用することも多かった番号でもある。しかし、不思議と永久欠番にはならず、各球団ともに継承しているのが現状だ。
2017年時点でエース級の投手はおらず期待の若手であったり、中継ぎ投手が着用している。今後、この番号からエース級の投手が再び現れることを期待したい。

中日のエースナンバー「20」

多くの球団でエースナンバーが「18」となっている日本プロ野球。しかし、中日ドラゴンズにおいては背番号「20」がエースの番号だ。その歴史は1949年に入団した杉下茂選手から始まっている。杉下選手は2年目となる1950年に27勝をマークすると6年連続25勝以上を達成。
「フォークボールの神様」とも呼ばれ現役引退までに215勝(中日で211勝)を挙げ一時代を築いた名投手だ。また、沢村賞を歴代最多タイの3回受賞しており中日だけでなく球界を代表するエースとも言えるだろう。

その杉下選手の後に背番号「20」を受け継いだのが権藤博選手だ。現役時代は中日のエースとして奮闘し「権藤、権藤、雨、権藤」と表現されるほど連投につぐ連投。そのために実質的に活躍したの入団から2年であったが、35勝、30勝と両年とも最多勝に輝いている。
引退後は横浜ベイスターズの監督として日本一に導き、2017年に行われた第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表の投手コーチも務めていた。

その後も背番号「20」は「燃える男」である星野仙一選手、「スピードガンの申し子」と呼ばれた小松辰雄選手らに受け継がれていった。小松選手以降は宣銅烈選手(ソン・ドンヨル)、ヤクルトスワローズから移籍してきた川崎憲次郎選手、中田賢一選手らが着用。
2017年現在は2014年ドラフト1位の野村亮介選手が着用しており、歴代のエース達の背中を追っている。2016年終了時点では大きな実績を残していないが、今後の活躍に期待したい。

広島の背番号「20」は北別府学選手から永川勝浩選手へ

広島東洋カープで長らく背番号「20」を背負ったのは北別府学選手だ。1975年ドラフト1位で都城農業高校から広島へ入団。同時に背番号「20」を与えられた。3年目に初の二ケタ勝利を達成すると11年連続二桁勝利を達成。1982年には20勝を挙げ最多勝を獲得し沢村賞も受賞している。
1994年の現役引退まで広島一筋でプレーし通算213勝を達成した名投手だ。「精密機械」と呼ばれるほどコントロールに優れていたことでも有名である。現役引退後にコーチを4年間務めている。

その北別府選手の後に背番号「20」を受け継いだのが永川勝浩選手だ。永川選手は2002年ドラフトで自由獲得枠を用い広島へ入団。1年目から期待をかけられこの番号を着用。
1年目からクローザーに抜擢されるとフォークボールを武器に25セーブをマーク。以降もクローザーとして活躍した。2016年シーズンに通算500試合に登板するなどの実績を残している。

先発の北別府選手、中継ぎの永川選手と役割の違う選手へ与えられた広島の背番号「20」。次はどのような選手が受け継ぐことになるのか楽しみである。

いてまえ打線の中軸から巨人へ移籍したタフィ・ローズ選手

1996年、近鉄バファローズにやってきたタフィ・ローズ選手。日本で外国人選手として唯一の400本塁打を達成している選手でもある。そのローズ選手は近鉄、読売ジャイアンツ、オリックス・バファローズの3球団でプレーしたが、近鉄・巨人の2球団で背番号「20」を背負っていた。

来日1年目から27本塁打を放つと、近鉄在籍8年間で3度の本塁打王を獲得。2001年には当時の日本タイ記録となる55本塁打を達成している。このローズ選手、中村紀洋選手、礒部公一選手らで形成された強力打線は「いてまえ打線」と呼ばれ、前年度の最下位からリーグ優勝まで導いた。
2017年現在東北楽天ゴールデンイーグルスを率いている梨田昌孝監督が、近鉄の監督となり2年目のシーズンのことだった。

巨人に移籍初年度も45本塁打で本塁打王を獲得し両リーグでのタイトル獲得となった。日本にやってきた外国人選手の中でトップ10に入る活躍を見せたスラッガーといえるだろう。

メジャーリーグでもっとも永久欠番の多い背番号「20」

メジャーリーグでは背番号「42」が全球団の永久欠番となっている。これは、黒人選手として初めてメジャーリーガーとなった、ジャッキー・ロビンソン選手を讃えてのものだ。この「42」を除いて、もっとも多くの球団が永久欠番に制定しているのが背番号「20」である。

2016年終了時点で全30球団中3分の1にあたる11球団が永久欠番としているが、そのうち3球団はフランク・ロビンソン選手である。
フランク・ロビンソン選手はシンシナティ・レッズでデビューしボルチモア・オリオールズ、ロサンゼルス・ドジャース、カリフォルニア・エンゼルス、クリーブランド・インディアンスを渡り歩き、現役通算2943安打をマーク。オリオールズ時代の1966年には三冠王も獲得している名選手だ。
引退後にプレーした5球団のうちレッズ、オリオールズ、インディアンスで永久欠番となっている。3球団での永久欠番制定はノーラン・ライアン選手に次いで史上二人目の快挙でもあった。

その他にはニューヨーク・ヤンキースで「コア4」のひとりとして活躍したホルヘ・ポサダ選手、フィラデルフィア・フィリーズ一筋18年間で548本塁打を放ったマイク・シュミット選手らも同番号で永久欠番となっている。

残り19球団の背番号「20」からも永久欠番となる選手が輩出されるのか楽しみである。

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