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プロ野球における背番号20の名選手たち

2017 12/30 19:05cut
ピッチャー
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2017年現役選手の背番号「20」

投手の印象が強い背番号「20」。その印象通り、2017年は全12球団が背番号「20」を投手に与えている。2017年各球団の背番号「20」は下記の選手だ。

日本ハム:上原健太選手(投手)
ソフトバンク:寺原隼人選手(投手)
ロッテ:東條大樹選手(投手)
西武:野上亮磨選手(投手)
楽天:安樂智大選手(投手)
オリックス:近藤大亮選手(投手)
広島:永川勝浩選手(投手)
巨人:マシソン選手(投手)
DeNA:須田幸太選手(投手)
阪神:メンデス選手(投手)
ヤクルト:山本哲哉選手(投手)
中日:野村亮介選手(投手)

不在:0球団
永久欠番:0球団
投手:12球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:0球団

この番号はプロ野球の歴史において大エースが着用することも多かった番号でもある。しかし、不思議と永久欠番にはならず、各球団ともに継承しているのが現状だ。
2017年時点でエース級の投手はおらず期待の若手であったり、中継ぎ投手が着用している。今後、この番号からエース級の投手が再び現れることを期待したい。

中日のエースナンバー「20」

多くの球団でエースナンバーが「18」となっている日本プロ野球。しかし、中日ドラゴンズにおいては背番号「20」がエースの番号だ。その歴史は1949年に入団した杉下茂選手から始まっている。杉下選手は2年目となる1950年に27勝をマークすると6年連続25勝以上を達成。
「フォークボールの神様」とも呼ばれ現役引退までに215勝(中日で211勝)を挙げ一時代を築いた名投手だ。また、沢村賞を歴代最多タイの3回受賞しており中日だけでなく球界を代表するエースとも言えるだろう。

その杉下選手の後に背番号「20」を受け継いだのが権藤博選手だ。現役時代は中日のエースとして奮闘し「権藤、権藤、雨、権藤」と表現されるほど連投につぐ連投。そのために実質的に活躍したの入団から2年であったが、35勝、30勝と両年とも最多勝に輝いている。
引退後は横浜ベイスターズの監督として日本一に導き、2017年に行われた第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表の投手コーチも務めていた。

その後も背番号「20」は「燃える男」である星野仙一選手、「スピードガンの申し子」と呼ばれた小松辰雄選手らに受け継がれていった。小松選手以降は宣銅烈選手(ソン・ドンヨル)、ヤクルトスワローズから移籍してきた川崎憲次郎選手、中田賢一選手らが着用。
2017年現在は2014年ドラフト1位の野村亮介選手が着用しており、歴代のエース達の背中を追っている。2016年終了時点では大きな実績を残していないが、今後の活躍に期待したい。

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