プロ野球における背番号14の名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球における背番号14の名選手たち


2017年現役選手の背番号「14」

投手の番号としての印象が強い背番号「14」。2017年シーズンは永久欠番となっている読売ジャイアンツを除き11球団ともに投手が着用している。

2017年各球団の背番号「14」は下記の選手だ。

日本ハム:加藤貴之選手(投手)
ソフトバンク:加治屋蓮選手(投手)
ロッテ:大谷智久選手(投手)
西武:増田達至選手(投手)
楽天:則本昂大選手(投手)
オリックス:吉田一将選手(投手)
広島:大瀬良大地選手(投手)
巨人:永久欠番(沢村栄治選手)
DeNA:石田健大選手(投手)
阪神:能見篤史選手(投手)
ヤクルト:秋吉亮選手(投手)
中日:佐藤優選手(投手)

不在:0球団
永久欠番:1球団
投手:11球団
捕手:0球団
内野手:0球団
外野手:0球団

沢村賞の由来となった伝説の投手である沢村栄治選手。巨人時代に背負っていた「14」は1947年に黒沢俊夫選手(巨人)の背番号「4」とともに日本球界初となる永久欠番となった。

2017年に着用している選手を見ると則本昂大選手(楽天)、秋吉亮選手(ヤクルト)といった第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に参加した選手。さらには横浜DeNAベイスターズで開幕投手を務めた石田健大選手、埼玉西武ライオンズのクローザーである増田達至選手など主力級の選手が背負っている。入団当初に背番号「14」を与えられるということは球団からの期待が高いとも言えるだろう。

伝説の名投手・沢村栄治選手

読売ジャイアンツにおいて背番号「14」は永久欠番となっている。その番号を背負っていたのは戦前に活躍した沢村栄治選手だ。沢村選手は京都商業学校(旧制)時代に甲子園に3度出場。また、日本代表として日米野球にも出場している。

そのアメリカ代表との一戦で、沢村選手は本塁打1本のみに抑える好投。8回1失点、被安打5と0勝16敗した日本代表の中で唯一の接戦を演じている。その後、大日本東京野球倶楽部(現・読売ジャイアンツ)に入団しエースとして活躍した。戦争の影響もあり、わずか5シーズンのみのプレーであったが、63勝(22敗)をマーク。ノーヒットノーランを3度達成するなど、歴史に名を残す投手として君臨した。ノーヒットノーラン3回は2016年終了時点でも史上最多タイの記録だ。

しかし、太平洋戦争で戦死。1943年が最後のシーズンとなってしまった。巨人は沢村選手の功績をたたえ、背番号「14」をプロ野球史上初となる永久欠番に制定。(同時に黒沢俊夫選手の背番号「4」も永久欠番となった)また、優秀な先発投手に贈られる賞のひとつとして「沢村賞」が設立されている。

沢村選手の生誕100年となった2017年には「沢村栄治生誕100周年記念展」が催されるなど、現代においてもその影響力は大きい。記念展の一環で行われた巨人対日本ハムのオープン戦で巨人は全員が背番号「14」を背負ってプレーしている。

「炎のストッパー」こと津田恒実選手

広島東洋カープで「炎のストッパー」として活躍した津田恒実選手。先発から中継ぎに回った1985年から引退まで背負っていたのが背番号「14」だった。

津田選手は1981年ドラフト1位で社会人野球の協和発酵から広島に入団。先発投手として出番を獲得し11勝をマークし新人王を獲得する。しかし、故障もあり1985年から中継ぎに転向し、1986年からはクローザーを任されることになった。転向初年度に22セーブをマークすると4年連続で2ケタセーブを記録。1989年には最優秀救援投手のタイトルを獲得している。

その後の活躍も期待されたが1990年に脳腫瘍により離脱を余儀なくされる。懸命のリハビリを見せたが復帰はならず、1991年に現役引退。闘病生活の末に1993年32歳の若さで亡くなっている。

津田選手は原辰徳選手とのエピソードが有名だ。原選手が津田選手のストレートをファールした際に左手有鉤骨を骨折。その後も長らく、後遺症に苦しんだ。それほどのストレートを投げ込んでいたのだ。

広島は津田選手の背負っていた背番号「14」は永久欠番にせず、継承しており2017年は大瀬良大地選手が着用している。

楽天のエースに!則本昂大選手

2012年ドラフト2位で三重中京大学から東北楽天ゴールデンイーグルスへと入団した則本昂大選手。背番号「14」を与えられたことからも、球団の期待の表れがよくわかる。初年度から開幕投手を務め田中将大選手(現・ヤンキース)とともに柱として活躍。15勝(8敗)をマークし新人王を受賞し、球団創設以来初となる日本一にも大きく貢献している。

翌2014年から2016年までは3年連続最多奪三振のタイトルを獲得するなど、球界を代表する投手となりチームを支えている。2017年に行われた第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも背番号「14」を背負い、日本代表として戦った。

則本選手は1990年生まれとまだ若く、今後の球界を背負っていく選手となるに違いない。楽天でエースとして活躍し、彼により背番号「14」が永久欠番となるような選手になることが期待される。

メジャー通算最多安打記録保持者ピート・ローズ選手

1960年代から1970年代にかけてシンシナティ・レッズなどで活躍したピート・ローズ選手。メジャーリーグ記録となる通算4256安打を放っているレジェンドでもある。1970年代は「ビッグレッドマシン」と称され、強力打線を誇っていたレッズにおいて1番打者を務め、ワールドチャンピオンに2回輝いた。その後、フィラデルフィア・フィリーズ、モントリオール・エクスポズ、再びシンシナティ・レッズへと移籍をしているが、常に背番号「14」を背負っている。

しかし、現役引退後の監督在任期間中に野球賭博への関与が発覚し、永久追放処分を受ける。そのために偉大な成績を残しているにも関わらず、野球殿堂入りは果たしていない。その後、メジャーリーグ機構のコミッショナーと面談を通じ復権を模索しているが、2016年終了時点で永久追放処分の解除はなされていない。

長きに渡り現役生活を送ったレッズでは、球団による野球殿堂入り、および背番号「14」を永久欠番とすることを認定。1986年の現役引退から30年が経過した2016年のことだった。

1941年生まれのローズ選手はすでに70代半ばを過ぎている。今後、メジャーリーグ永久追放処分が解除されるかに注目が集まる。

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