プロ野球で背番号8を背負った名選手たち|【SPAIA】スパイア

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プロ野球で背番号8を背負った名選手たち


2017年現役選手の背番号「8」

山本浩二選手(元広島)、高田繁選手、原辰徳選手(ともに元巨人)など名選手の着用が多い背番号「8」。2017年シーズンはどのような選手が背番号「8」を背負っているのだろうか。

日本ハム:近藤健介選手(捕手)
ソフトバンク:明石健志選手(内野手)
ロッテ:中村奨吾選手(内野手)
西武:渡辺直人選手(内野手)
楽天:今江年晶選手(内野手)
オリックス:駿太(後藤駿太)選手(外野手)
広島:永久欠番(山本浩二選手)
巨人:片岡治大選手(内野手)
DeNA:欠番
阪神:福留孝介選手(外野手)
ヤクルト:武内晋一選手(内野手)
中日:大島洋平選手(外野手)

不在:1球団
永久欠番:1球団
投手:0球団
捕手:1球団
内野手:6球団
外野手:3球団

北海道日本ハムファイターズの近藤健介選手は、捕手としては珍しい背番号「8」を背負っている。しかし、捕手としての出場は2016年シーズンも1試合のみとなっており、指名打者、外野手としての起用がほとんどだ。2017年シーズンは開幕から好調をキープし4割打者としての期待が高まったものの、ヘルニアにより離脱したため復帰が待たれている。

横浜DeNAベイスターズでは2015年シーズンまで多村仁志選手が着用していたが、移籍により退団し、それ以降は空き番号となっている。

ミスター赤ヘルこと山本浩二選手

広島東洋カープの歴史を語る上で、欠かせない人物が山本浩二選手だ。山本選手は法政大学時代から全国的に知られており、1968年ドラフトにおいても注目の的だった。また、田淵幸一選手、富田勝選手とともに「法大三羽烏」と呼ばれており、特に山本選手は広島を希望していたことも有名な話だ。

そのドラフトでは広島が山本選手を1位指名し、希望通り無事入団することができ、背番号「27」を与えられた。初年度からレギュラーを獲得し、3年目には背番号を「8」へ変更。その後は走攻守揃った外野手として「赤ヘル軍団」を牽引。1975年のチーム初優勝、1979年1980年の連覇、1984年、1986年と5度の優勝に大きく貢献した。

首位打者1回、本塁打王4回、打点王3回と打撃タイトルを獲得。通算2339安打、536本塁打を放つなど球史に残る成績を残し「ミスター赤ヘル」と称されている。現役時代は一貫して背番号「8」を背負い現役引退時に永久欠番と制定された。これは広島において初の永久欠番とでもある。(※後に衣笠祥雄選手の「3」、黒田博樹選手の「15」も永久欠番となった。)

2度に渡り広島の監督を務めているが1度目は背番号「88」を使用し、2度目には「8」を着用した。第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表監督時には「88」を背負っている。

「壁際の魔術師」こと高田繁選手

2017年現在、横浜DeNAベイスターズのゼネラルマネージャー(GM)を務めている高田繁氏。現役時代は読売ジャイアンツの主力選手として活躍。V9時代をレギュラーで過ごした選手でもある。

高田選手は明治大学から1967年ドラフト1位で巨人へ入団し、背番号「8」を与えられた。巨人の背番号「8」は水原茂選手から始まり、白石敏男選手ら名選手が着用。高田選手にも同様の期待がなされており、その期待通りに1年目からレギュラーを獲得し新人王を獲得。俊足巧打に加え、鉄壁の守備を誇り「壁際の魔術師」の異名を取った。これはフェンスに当たった打球の予測が鋭く、長打コースの打球を単打に留めてしまうことからつけられたものである。この卓越した守備力で、外野手として『ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)』を4度獲得している。

1975年には、異例となる外野手から三塁手へのコンバート。しかし、それを苦にせず三塁手としてもダイヤモンドグラブ賞を獲得。このことからもセンスの良さが伝わる。
打撃タイトルの獲得こそないが、13年間の現役生活でベストナイン4回、ダイヤモンドグラブ賞6回(外野手4回、三塁手2回)を獲得した。
現役引退後の背番号「8」は、空き番号を経て原辰徳選手に受け継がれている。

ミスターロッテとして受け継ぐことができるか?

千葉ロッテマリーンズを象徴する背番号である「8」は、前身球団である毎日オリオンズ時代の山内和宏選手(後に一宏)が背負い、ミサイルの中軸となっていた。その後、有藤通世選手が1969年から1986年まで着用。前身球団含めて生え抜き選手としては、初めて2000本安打を達成したため「ミスターロッテ」と呼ばれるようになる。

有藤選手引退後は清水将海選手、波留敏夫選手らが背負い、2005年からは今江敏晃(現年晶)選手が引き継いでいる。今江選手はチームの中心選手だったことから、2代目「ミスターロッテ」への期待を込められていた。その期待通り今江選手は、2005年、2010年と日本シリーズ制覇に導くなど活躍し、2015年オフにFAで東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍するまで結果を残している。

2016年は空白となったものの、2017年シーズンからは中村奨吾選手が3代目「ミスターロッテ」の期待を込められ、この番号を与えられた。2017年シーズン、中村選手は不調だが、今後背番号「8」に恥じない活躍を期待したい。

横浜ベイスターズにおける背番号「8」

野手に与えられることの多い背番号「8」。しかし、横浜DeNAベイスターズの前身である横浜ベイスターズ、大洋ホエールズでは捕手に与えることが続いていた。 大洋時代の1975年に阪神タイガースから移籍してきた辻恭彦選手が、チーム史上初めて背番号「8」を捕手として使用。1984年までの10年間に渡り同番号でプレーした。 横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズへとチーム名を変更した1993年の背番号「8」は、谷繁元信選手だった。1988年ドラフト1位で入団した谷繁選手は、背番号「1」でプレーしていたが1993年に「8」へ変更。それは背番号「1」だと捕手の防具で隠れてしまうという理由からで、球団へ打診しての変更だった。この年にはレギュラー格へと成長し、後の名捕手への足がかりとなった。

2001年にFA権を行使し、中日ドラゴンズへ移籍したため空き番号となったが、2004年に捕手の相川亮二選手が背番号「8」を着用。これで、2代続けて捕手が使用することとなった。

その後は筒香嘉智選手、小池正晃選手、多村仁志選手らが背負っており、捕手が着用したことはない。今後再び、DeNAから背番号「8」の捕手が誕生する日がくるのかに注目したい。

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