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強打の外野手の系譜 プロ野球における背番号8の選手たち

2022 2/8 11:30SPAIA編集部
巨人・丸佳浩と阪神・佐藤輝明,ⒸSPAIA
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2022年現役選手の背番号「8」

山本浩二(元広島)、高田繁、原辰徳(ともに元巨人)など名選手の着用が多い背番号「8」。2022年シーズンは、どのような選手が背番号「8」を背負っているのだろうか。

ヤクルト:中山翔太外野手
阪神:佐藤輝明内野手
巨人:丸佳浩外野手
広島:永久欠番(山本浩二)
中日:大島洋平外野手
DeNA:神里和毅外野手
オリックス:後藤駿太外野手
ロッテ:中村奨吾内野手
楽天:辰己涼介外野手
ソフトバンク:明石健志内野手
日本ハム:近藤健介外野手
西武:渡部健人内野手

不在:0球団
永久欠番:1球団
投手:0球団
捕手:0球団
内野手:4球団
外野手:7球団

広島の「8」は、走攻守三拍子揃った外野手として活躍した「ミスター赤ヘル」山本浩二の番号として、球団初の永久欠番となっている。

現役選手では、外野手が7球団で最多となった。通算1748安打の中日・大島洋平に2019年にFAで加入した巨人・丸佳浩と、球界を代表する外野手が背負っている。日本ハムの近藤健介は捕手としては珍しい背番号「8」だったが、現在は外野手登録。また昨年、球団の新人最多記録となる24本塁打を放った阪神・佐藤輝明も「8」を着用。内野手登録ながら、ライトでの先発が99試合と、強打の外野手として活躍した。

一方で内野手の名前も目立つ。昨年、パ・リーグの二塁手でベストナインとゴールデングラブを受賞したロッテ・中村奨吾や、ソフトバンクの野手では最後のダイエー戦士である明石健志が着用。西武も2020年ドラフト1位で入団した渡部健人に「8」を与えた。これは巨人のスーパースターとして活躍した原辰徳の影響も大きいだろう。

次章以降では、背番号「8」を背負った歴代の名プレーヤーや球団の系譜などを紹介する。

ミスター赤ヘルこと山本浩二

広島東洋カープの歴史を語る上で、欠かせない人物が山本浩二だ。山本は法政大学時代から田淵幸一、富田勝とともに「法政三羽烏」と呼ばれて全国的に知られており、1968年ドラフトで注目の的だった。

ドラフトでは広島から1位指名を受け、希望通り地元球団に入団。背番号「27」だった1年目からレギュラーを獲得し、3年目には背番号を「8」へ変更、走攻守三拍子揃った外野手として「赤ヘル軍団」を牽引し、1975年のチーム初優勝、1979年、1980年の連覇、1984年、1986年と5度の優勝に大きく貢献した。

首位打者1回、本塁打王4回、打点王3回の打撃タイトルを獲得。通算2339安打、536本塁打を放つなど球史に残る成績を挙げ「ミスター赤ヘル」と称された。現役引退時に、背番号「8」は球団として初の永久欠番に制定された。(後に衣笠祥雄選手の「3」、黒田博樹選手の「15」も永久欠番となった)

その後、広島の監督を2度務めているが、1度目は背番号「88」を使用し、2度目は「8」を着用した。第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表監督時には「88」を背負っている。

「壁際の魔術師」高田繁

2018年シーズン限りでDeNAのゼネラルマネージャー(GM)を退任した高田繁氏。現役時代は読売ジャイアンツの主力選手として活躍し、V9時代のレギュラーだった。

高田は明治大学から1967年ドラフト1位で巨人に入団。水原茂に始まり、白石敏男ら名選手が着用した背番号「8」を与えられた。期待通りに1年目からレギュラーを獲得し、新人王を受賞した。 俊足巧打に加え、左翼手として鉄壁の守備を誇り「壁際の魔術師」の異名を取った。これはフェンスに当たった打球の予測が鋭く、長打コースの打球を単打に留めてしまうことからつけられたものである。この卓越した守備力で「ダイヤモンドグラブ賞(現ゴールデングラブ賞)」を4度獲得している。

1975年には三塁手へコンバートされたが、三塁手としてもダイヤモンドグラブ賞を獲得。高い守備センスを証明した。打撃タイトルはないものの、13年間の現役生活でベストナイン4回、ダイヤモンドグラブ賞6回(外野手4回、三塁手2回)を獲得。現役引退後は原辰徳が背番号「8」を受け継いだ。

ミスターロッテとして受け継ぐことができるか

ロッテを象徴する背番号「8」は、前身球団の毎日オリオンズ時代に山内和宏(後に一宏)が背負い、ミサイル打線の中軸を担った。その後、有藤通世が1969年から1986年まで着用。前身球団を含めて生え抜き選手としては、初めて2000本安打を達成し「ミスターロッテ」と呼ばれるようになる。

有藤引退後は清水将海、波留敏夫らが背負い、2005年からは今江敏晃(現年晶)が引き継いだ。今江はチームの中心選手として、2代目「ミスターロッテ」への期待をかけられ、期待通り2005年、2010年と日本シリーズ制覇に導くなど活躍したが、2015年オフにFAで楽天へ移籍した。

2016年は空白となったものの、2017年シーズンからは中村奨吾が「8」を背負っている。

横浜ベイスターズにおける背番号「8」

野手に与えられることの多い背番号「8」。しかし、DeNAの前身である横浜ベイスターズや大洋ホエールズでは捕手に与えることが続いた。 大洋時代の1975年に阪神から移籍してきた辻恭彦が、チーム史上初めて捕手として背番号「8」を着用。1984年までの10年間にわたってプレーした。

横浜大洋ホエールズから横浜ベイスターズへとチーム名を変更した1993年、背番号「8」は谷繁元信だった。1988年ドラフト1位で入団した谷繁は背番号「1」でプレーしていたが、1993年に「8」へ変更。背番号「1」だと捕手の防具で隠れてしまうという理由から球団へ打診しての変更だった。この年にはレギュラー格へ成長し、後の名捕手への足がかりとなった。

2001年にFAで中日ドラゴンズへ移籍したため空き番となったが、2004年に捕手の相川亮二が背番号「8」を着用。これで、2代続けて捕手が使用することとなった。

その後は筒香嘉智、小池正晃、多村仁志、神里和毅が背負っており、捕手が着用したことはない。

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