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名球会入りが7人誕生した1968年ドラフト会議を振り返る

2017 8/3 12:07cut
野球ボール
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史上最多名球会入りが7名誕生!

この年のドラフト指名選手から、史上最多となる7人の名球会入り選手(2016年シーズン終了時点)が誕生している。「ミスター赤ヘル」こと山本選手、「サブマリン」山田久志選手(阪急)、「ミスターロッテ」の有藤道世選手(東京)、東尾修選手(西鉄)、加藤秀司選手(阪急)、福本豊選手(阪急)、大島康徳選手(中日)だ。また、当時入団拒否をしたが「小さな大打者」こと門田博光選手(南海)も阪急から指名されていた。
山本選手、山田選手、有藤選手、東尾選手はそれぞれ1位で指名されたが加藤選手は2位、大島選手は3位、福本選手は7位から名球会入りを果たしている。
特に阪急はこのドラフトで山田選手、加藤選手、福本選手と3人の、後の名球会入り選手を指名。入団拒否されたものの門田選手も指名しており、阪急の「スカウト力」の高さが伺い知れる。

【名球会入りを果たした選手】
広島1位:山本浩二選手(法政大)
阪急1位:山田久志選手(富士製鐵釜石)
東京1位:有藤道世選手(近畿大)
西鉄1位:東尾修選手(箕島高)

阪急2位:加藤秀司選手(松下電器)
中日3位:大島康徳選手(中津工業高)
阪急7位:福本豊選手(松下電器)

阪急12位:門田博光選手(クラレ岡山)※入団拒否

※東京は現千葉ロッテマリーンズ
※西鉄は現西武ライオンズ
※阪急は現オリックス・バファローズ

星野仙一ら名球会入り以外にも大物を輩出

名球会入りはしていないものの、好成績を残した選手も多い。
法大三羽烏と東京六大学で死闘を繰り広げた明治大学のエース・星野仙一選手もこの年のドラフトだ。ドラフト前に巨人が「田淵君を1位指名できなかったら星野君を指名する」と本人に話していたものの、巨人は星野選手ではなく、島野修選手を指名している。
このできごとがあり、星野選手は中日に入団後、巨人への闘争心をむき出しにし「巨人キラー」となった。
大洋ホエールズが1位で指名した野村収選手(駒澤大学)は、4回の移籍を行い通算121勝をマーク。史上初の12球団から勝利を挙げた選手となった。2017年現在は交流戦もあり、1度の移籍で達成可能である。しかし、交流戦のなかった時代はセ・パ各2球団に所属が必要となっており達成は困難だった。
南海に3位で指名された松井優典選手は1979年に引退するまで140試合の出場にとどまるが、引退後に名を馳せた1人だ。ヤクルトスワローズにおいて野村克也監督の下で二軍監督、ヘッドコーチなどを務め1990年代の黄金時代を支えている。
野村監督が阪神の監督となった際もヘッドコーチとなる。また、東北楽天ゴールデンイーグルスの二軍監督も務めるなど、複数球団で指導力を発揮した。

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