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【球史に名を残した偉人達】三球団で優勝を達成した名将星野仙一監督

2017 4/12 20:20cut
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三球団でリーグ優勝

星野仙一氏は中日、阪神、楽天で17年間監督を務め通算1181勝を挙げており三球団ともにリーグ制覇を達成している。また、北京オリンピックでは日本代表の監督として世界の舞台でも戦った。
2013年に楽天でリーグ制覇をし三球団目の優勝を飾ったが、これはプロ野球史上3人目の偉業だった。過去に三球団で優勝を達成したのは三原脩監督、西本幸雄監督と球史に名を残す名将たちだ。

【プロ野球三球団優勝監督】
三原脩監督:巨人、西鉄、大洋
西本幸雄監督:大毎、阪急、近鉄
星野仙一監督:中日、阪神、楽天

三原監督は「魔術師」と呼ばれ27年間の監督生活で6度の優勝を誇る。1958年の日本シリーズでは巨人に3連敗しながら4連勝で逆転優勝。これは日本シリーズ史上はじめての出来事だった。
西本監督は「悲運の名将」と呼ばれており8度のリーグ優勝を果たしながら1度も日本一になることができなかったのだ。 これらの名将と同じく三球団目のリーグ優勝を果たした星野監督は、2013年の日本一の翌年に健康上の理由もあり監督を退任している。 通算1181勝は歴代10位の記録となっておりV9時代の巨人を率いた川上哲治監督(1066勝)よりも順位は上回っている。

血気盛んな中日監督時代

中日一筋14年の現役生活を送り引退後はコーチ職にはつかずテレビ解説などを行っていた。監督に初めて就任したのは1987年シーズンのことだ。古巣中日の山内一弘監督が退任後に声がかかり星野監督が誕生した。
この監督就任に至り星野監督は大胆な改革を行う。ロッテからトレードで三冠王の落合博満選手を獲得。チームの功労者でもある谷沢健一選手に引退勧告とチームの作り変えを行った。阪神監督時代に行った大幅な血の入れ替えはこの初監督時がルーツだったとも言えそうだ。
その大胆な入れ替え、そして当時まだ40代前半と若く「闘将」として指揮を奮った結果、1987年の就任1年目で2位となり2年目の1988年にリーグ優勝を果たす。1991年までの5年間、優勝1回、Aクラス4回と数字を残すが家族の看病のために退任。再び解説者に戻った。
5年間現場を離れた星野監督は再び1996年に監督へ復帰する。第二期では6年間監督を務め1999年にリーグ優勝を達成。しかし、自身2度めの日本シリーズでも日本一達成はならなかった。2001年に5位となったことで監督を辞任。
中日時代の星野監督は血気盛んな闘将のイメージで知られ多くの選手が恐れていた。その様子は珍プレー好プレーのようなテレビ番組でも、ベンチ内で暴れる姿が取り上げられることも多くファンの間でも周知の事実だ。 これには賛否あるが星野監督自身も「長所であり短所である」とコメントしている。

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