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オリックスの通算本塁打ランキング、現役最多はT-岡田 満塁男に三冠王、世界の盗塁王も

2022 10/30 06:00SPAIA編集部
オリックスのT-岡田
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ⒸSPAIA

トップは長池徳士、2位は加藤英司

2022年は最終戦までもつれる死闘を制してリーグ連覇を成し遂げたオリックス。前年32本塁打で初の本塁打王に輝いた杉本裕太郎は15本塁打と低調に終わったが、吉田正尚が新人年から7年連続2ケタ本塁打となる21本塁打を放つ活躍で、主砲として打線を牽引した。

これで吉田は通算133本塁打となったが、球団歴代ではどのくらいに位置するのだろうか。数々の強打者を輩出してきたオリックスの通算本塁打ランキングを紹介する。

オリックスの通算本塁打ランキング


歴代トップは338本塁打の長池徳士。撫養高から法政大学を経て1965年ドラフト1位で阪急に入団すると、2年目から不動の4番打者を務めた。9年連続で25本塁打以上を放ち、そのうち4度は40本塁打以上で3度の本塁打王(69、72、73年)も獲得。阪急一筋で14年プレーし、「ミスターブレーブス」として親しまれた。

2位は285本塁打の加藤英司。PL学園高から松下電器を経て1968年ドラフト2位で阪急へ入団し、3年目に25本塁打を放つと、そこから15年連続で2ケタ本塁打を記録した。首位打者2回、打点王も3回獲得。通算犠飛数では、野村克也に次ぐ歴代2位の105個の記録も持つ。82年オフにトレードで広島へ移籍。現役晩年となる87年(南海)には2000安打を達成し、名球界入りを果たした。プロ通算では347本塁打放っている。

満塁男に三冠王、世界の盗塁王も

3位は藤井康雄の282本塁打。泉州高からプリンスホテルを経て1986年ドラフト4位で阪急に入団し、2年目には20本塁打を放った。4年目の90年には自己最多の37本塁打をマーク。93年から9年連続2ケタ本塁打を記録した。また“満塁男”としても知られ、満塁本塁打14本は中村剛也(22本)、王貞治(15本)に次ぐ3位。通算4本、シーズン3本(2001年)の代打満塁本塁打は、いずれもNPB記録となっている。

4位は251本塁打のブーマー・ウェルズ。1983年に阪急へ入団すると、来日2年目の84年に打率.355、37本塁打、130打点で外国人選手初の三冠王を獲得した。86年には自己最多の42本塁打をマーク。87年には打点王、89年には首位打者と打点王の二冠に輝いた。91年オフに自由契約となり、92年はダイエーへ移籍。通算本塁打も277本まで伸ばした。

5位は石嶺和彦の241本塁打。豊見城高から1978年ドラフト2位で阪急へ捕手として入団するも、ケガのため中々一軍に定着できなかった。だが、84年に外野手へ転向すると非凡な打撃センスが開花し、85年から10年連続で2ケタ本塁打をマーク。86、87年には2年連続3割30本を達成し、90年には初の打点王も獲得した。93年オフにFAで阪神へ移籍。通算本塁打は269本となっている。

6位は208本塁打で福本豊。盗塁王13回、通算1065盗塁を誇る“世界の盗塁王”は、通算初回先頭打者本塁打43本の日本記録も持つ、確実性と長打力を兼ね備えた1番バッターだった。1シーズンのキャリアハイは80年の21本塁打。2002年には野球殿堂入りも果たしている。

T-岡田が204本塁打で現役唯一ランクイン

7位は204本塁打で現役のT-岡田がランクイン。履正社高時代から「浪速のゴジラ」として有名で、2005年高校生ドラフト1位で入団し、背番号は「55」を託された。入団直後は中々結果を残せなかったが、ノーステップ打法を取り入れた10年にブレイク。自己最多の33本塁打を放ち、自身初の本塁打王に輝いた。

その後も14年から5年連続2ケタ本塁打を記録するなど主砲として活躍。21年には球団名がオリックスとなってから生え抜き初の200本塁打も達成した。

8位は簑田浩二の195本塁打。大竹高から三菱重工三原を経て1975年ドラフト2位で阪急に入団すると、3年目にレギュラーに定着して打率.307、17本塁打を記録した。174 センチ、68 キロと小柄ながら、80年から6年連続2ケタ本塁打をマーク。83年には打率.312、32本塁打、35盗塁でトリプルスリーも達成した。88年に金銭トレードで巨人へ移籍。通算では204本塁打を放っている。

9位には180本塁打でボビー・マルカーノと松永浩美が並んでいる。マルカーノは1975年に阪急へ入団すると、1年目から打率.298、23本塁打をマークし、球団初の日本一に貢献した。78年には94打点で打点王を獲得。83年にヤクルトへ移籍するまでの8年間全てで2ケタ本塁打を記録した。

同じく9位の松永は小倉工高を中退して1978年に練習生として阪急に入団し、翌年に支配下登録された。80年の春季キャンプからスイッチヒッターに取り組み、82年から91年まで10年連続2ケタ本塁打を記録。82年には日本人選手初の1試合左右打席本塁打も放った。通算では6回記録し、今なお日本人選手最多となっている。92年オフにトレードで阪神へ移籍し、93年オフにダイエーへFA移籍した。

現役ではT-岡田が唯一のランクインとなった。通算133本塁打の吉田正尚は残念ながら10位以内には入らなかったが、2022シーズン終了時点では15位につけている。メジャー志望が強いと噂されているが、将来的にはオリックス生え抜き2人目となる通算200本塁打達成にも期待したいところだ。

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