過去にもあった投手と球審のトラブル
4月24日のオリックス−ロッテ戦(京セラドーム)の2回、際どい外角直球をボールと判定され苦笑いを浮かべた佐々木朗希投手に、球審の白井一行審判が詰め寄るひと幕があった。
その際、白井審判の態度が威圧的だったとしてファンからNPBに批判的な意見が多く寄せられ、友寄正人審判長は「審判員が試合中に選手への注意や指導をすることはあるが、今回のような形ではなく別の方法で対応すべきだった」と指摘。さらに4月28日には日本プロ野球選手会がNPBに対して審判員と選手の関係改善に向けた質問状を提出する意向を示した。
騒動の余波は今も収まる気配がない。史上最年少で完全試合を達成した“時の人”が当事者だけに、騒動が大きくなってしまったのだろう。
投手と球審の間に起きたトラブルは、もちろん今回が初めてではない。最悪の例としてファンの間で記憶されているのは、1998年7月31日の阪神−巨人戦(甲子園)で巨人バルビーノ・ガルベス投手の大暴走だ。
ガルベスの蛮行に頭を丸めた長嶋監督
この日のガルベスは大乱調で5回までに5失点。迎えた6回、阪神のルーキー・坪井智哉に本塁打を浴びたところで、長嶋茂雄監督に交代を命じられた。
するとスペイン語で何やらわめき散らしながら、球審の橘高淳審判に向かっていった。本塁打を打たれる前の決めにいった球をボールと判定されたことでブチ切れていたのだ。
長嶋監督や清原和博らが怒鳴ったり、なだめたりしながらベンチの近くまで連れていったが、ガルベスの怒りは収まっていなかった。突然、振り返ると、ボールを橘高審判に向けて投げつけたのだ。幸い、ボールが当たることはなかったが、4人の審判団は口々に「退場!」と叫ぶ。ガルベスは審判団に突進して前代未聞の大乱闘となった。
巨人はガルベスに罰金4000万円、強制帰国、無期限出場停止という厳罰を科し、長嶋監督も責任を取る形で渡辺恒雄オーナーに「退任届」を提出し、頭を丸めてみせた。まさに前代未聞の暴挙で、フロントから上がった「橘高審判は以前から挑発的な態度を取っていた。一番悪いのはガルベスだが、橘高審判の態度にも問題がある」という声はかき消された。
当時、堀内恒夫投手コーチはガルベスの攻撃的な性格、ピッチングを高く評価していたが、一方で「その性格を審判に向けたらダメ。ボール、ストライク(の判定)でいちいち感情を表に出していたら、損することはあっても得することは何もない」と本人に伝えていた。橘高審判がどんな性格だろうと、ガルベスが不満を表に出さなければ、こんな騒動は起きなかったはずだ。
井口資仁監督の発言に違和感
佐々木朗希は激昂したわけではないが、苦笑いを浮かべながらホーム方向に向かってマウンドを降りなければ、白井審判が詰め寄ることはなかっただろう。また、井口資仁監督は試合後「しょうがないんじゃないですか。本人がストライクと思うところをボールと言われているので」とした上で「判定に対しては何も我々は言ってはいけない。球審ももっと冷静にいかないと。(白井審判には)あそこは冷静にいきましょうよと話をして」と苦言を呈した。
この発言には違和感を覚える。井口監督は佐々木朗希の今後のためにも、審判を敵に回すなと教えるべきだ。
審判にも問題はある。橘高審判、白井審判に共通するのは感情的になりやすいということだけでなく、各球団が技術に関して不信感を持っていたことだ。NPBでは2019年にデンマークの「TrackMan A/S」と審判の技術向上に向けた取り組みに関する契約を締結。同社が開発したトラックマンによって取得されたデータを活用して、ストライクゾーン判定の精度向上を図るというものだった。
その後、どう生かされたのか。例えば著しく判定にミスの多い審判は球審をさせないとか、目に余る場合は二軍に落とすなどの処置を取ってもいいのではないか。
投手は断じて判定に不満を表すべきではない。ただし、審判もそこに甘えてはならない。技術向上に向けた取り組みを目に見える形で選手に示し、信頼を得る努力を続ける必要がある。
《ライタープロフィール》
松下知生(まつした・ともお)愛知県出身。1988年4月に東京スポーツ新聞社に入社し、プロ野球担当として長く読売ジャイアンツを取材。デスクなどを務めた後、2021年6月に退社。現在はフリーライター。
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