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阪神・矢野燿大監督「予祝」と退任表明に込めた覚悟と本当の胸の内

2022 3/4 06:00楊枝秀基
阪神の矢野燿大監督,ⒸSPAIA
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ⒸSPAIA

現役時代から有言実行

キャンプイン前日の退任表明から、キャンプ終盤には胴上げで「予祝」という流れになるとは。4半世紀ほどプロ野球の取材に関わらせてもらっているが、経験したことのない光景に戸惑う。

退任発言も予祝も各方面で物議を醸した。業界でも世間でも賛否が分かれた。ある意味で大きなトピックとなってしまった。ともすれば、阪神・矢野燿大監督はあざとい仕掛け人なのか。そういう疑念も湧き起こりかねないが、それはまったく違うと確信している。

人々の捉え方は別として元々、矢野監督は有言実行の人物だった。現役晩年、右肘の故障で出場機会が激減した時代でも「自分が出ていない試合でも、心から勝ちたいと思ってる。とにかく勝ちたい」と話していたのが印象的だ。その言葉通りに1つの白星を全力で喜んだ。

監督1年目のキャンプで優勝を「予祝」

そんな矢野監督は就任1年目のキャンプ初旬、報道関係者との懇親会でいきなり予祝を敢行している。

乾杯の音頭を取った指揮官は「皆さんのおかげで2019年、優勝できました。カンパーイ」と言い放った。

矢野監督自身、しっかり予祝と意識して発した言葉だった。就任1年目から時を経て今季は4年目。指揮官の考えは徐々に選手に浸透している。2月23日、宜野座で予定されていた練習試合が中止となり、一日キャプテンだった西勇輝と糸井嘉男の発案で「予祝胴上げ」が行われたのは、その証拠とも取れる。

予祝(よしゅく)という言葉を調べると「豊作や多産を祈って,一年間の農作業や秋の豊作を模擬実演する呪術行事。 農耕儀礼の一つとして行われることが多い。 あらかじめ期待する結果を模擬的に表現すると,そのとおりの結果が得られるという俗信にもとづいて行われる」などと表記されている。

阪神とすれば05年以来のリーグ優勝、85年以来の日本一を祈って、矢野監督の胴上げをあらかじめ模擬実演したということになる。

昨季限りで辞めるつもりだった指揮官

ただ、こういった思考、行動というものは万人に素直に受け入れられにくい側面もある。事実、キャンプイン前日の退任発言には多くの球界OBが異を唱えた。

「そんなものは自分の胸にしまっておいて、最後に結果が出たときに明かすもんじゃないの。何を考えているのか分からない」

取材を進めるとそういう声が多数を占めた。だが、それとて矢野監督からすれば織り込み済みだろう。

いいプレーや結果を素直に喜ぼうという考えのもと「矢野ガッツ」も継続してきた。これも、相手への挑発と取られかねないという意見が出ることを分かった上であえて行った。批判を覚悟のあえての言動には覚悟も伴う。

矢野監督はもともと「監督を長く続けたいという気持ちはないですよ」と、複数の近い関係者に話している。当初、球団とは3年契約を結んでいるが、任期満了の21年シーズン終了のタイミングで退任する意向だったという。

ところが21年は前半戦の独走からまさかのV逸。ヤクルトの勢いに屈した形ではあるが、77勝は両リーグ最多、ゲーム差なしのセ・リーグ2位と敢然と戦い抜いた。

矢野イズムを理解したナインが与えてくれた最後の1年。そう考えた指揮官は21年の年末ごろには、22年を最後のシーズンにしようと決意。近い関係者にはその意向を伝えていた。退任の決意を胸にではなく、表明してしまうことで「今の立場でのこの日はもう2度とない」という思いを全ての選手、スタッフに意識させている。

史上最大の勝ち逃げなるか!?

予祝、矢野ガッツ、キャンプイン前日の退任表明も批判を覚悟であえて発信してきた。その裏にはブレない心がある。どんなに美辞麗句を並べても、負ければボロボロに批判される。それが阪神タイガースの監督だ。2リーグ制以降、阪神の監督寿命は3年持たないというデータもある。

野球チームの監督といっても全ての編成権があるわけでもなく、何でも思い通りにできる立場ではない。その割には世間からの注目度は高く、背負わされる責任は大きい。ならば、辞める事も自分で決めて最後の1年に賭けよう。矢野監督がそう思っているかは定かではないが、答えは秋には出ている。

史上最大の勝ち逃げ。17年ぶりのリーグ優勝、37年ぶりの日本一を置き土産に矢野ガッツで次期監督にチームを引き継ぐことができるか。予祝を現実となせるか。22年の阪神から目が離せない。

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