1541日ぶりの一軍登板で一体感演出した野村克也監督
長いシーズン、調子の波もあれば、ゲームの流れの良し悪しに悩まされることもある。こういったことを意図的にコントロールするのは至難の技。ただし、工夫によって流れを起こすことも可能だ。
かつてヤクルトを率いた名将・野村克也監督は1992年の戦いの中で、それを体現した。シーズン後半に切り札を投入。本当の勝負どころで見事に流れを掴むことに成功している。
切られたカードとは荒木大輔投手だ。早実時代の甲子園の活躍もあり、絶大な人気を誇った右腕。88年にトミー・ジョン手術を受けたものの、リハビリを焦り再手術するなど復帰に時間を要した。
さらには1991年に椎間板ヘルニアも発症して長期のリハビリが続いていた。その荒木大輔が92年の9月24日、広島戦(神宮)で1541日ぶりの一軍登板を果たしたのだ。
当時を知る複数のヤクルトOBは語る。
「ブルペンからマウンドに行くときの胸の奥がザワザワするような歓声。スタンドのファン、グラウンドで戦う選手たちとの一体感。あの神宮の盛り上がり方は異常でしたね」
阪神有利の流れをくい止めた荒木大輔
ヤクルトは9月前半に9連敗を喫し、阪神に首位を奪われていた。決して有利な状況ではなかった。しかし、荒木の復帰で嫌な空気が吹き飛んだという。
荒木復帰からの優勝決定までの12試合、ヤクルトの成績は8勝4敗。この4敗は9月27日の阪神戦での1敗と、9月29日から10月1日の広島3連戦での3連敗の計4連敗。この時点では阪神有利の見方が大半だった。
しかし、この雰囲気を変えたのも荒木だった。10月3日のヤクルトー中日戦(神宮)に先発すると、空気は一変。「先発・荒木」のアナウンスとともに轟音のような歓声が球場に渦巻いた。7回2安打無失点。4本塁打を含む11得点の援護を誘発し、荒木は1611日ぶりの白星を勝ち取った。
そのまま勢いに乗り10月10日の優勝決定試合となった阪神戦(甲子園)まで5連勝。その試合の先発も荒木だった。「かつての球威はないのに、それでも向かっていく投球スタイルに熱くなりましたよ」(ヤクルトOB)と燕ナインは一つになった。
切り札になり得る阪神・髙橋遥人
さて、今季の阪神はどうだ。92年のデッドヒートとはまた経緯もパターンも違うが、優勝の可能性は十分に残っているのは事実だ。
10月5日からDeNA 、ヤクルト、巨人と続く関東遠征9試合は最重要で、特に8日からのヤクルトとの直接対決は「天王山」だった。だが、10日のカードでは17残塁の拙攻で、逆転負けを喫するなど負け越し。非常に厳しい状況ではある。
この時期の阪神に切り札があるとするならば髙橋遥人の存在だ。シーズン前に右脇腹を痛め二軍スタート。完璧な状態で復帰しようと9月9日のヤクルト戦(甲子園)から戦線に復帰した。
その試合こそ4回6失点(自責5)と黒星を喫したが、その後は2試合連続完封。8日のヤクルト戦初戦には中5日で先発に臨んだ。だが、初回に村上に適時二塁打を許し28イニングぶりの失点。5回4失点で2敗目を喫し期待に応えられなかった。
ただ、中5日で14日の巨人戦に先発予定で、リベンジの機会は残されている。
阪神とヤクルトの直接対決は残り2試合
阪神は4月までに球団史上初となる20勝を挙げるなど、前半戦は快進撃を続けた。だが、現状は9月21日を最後に首位には立てていない。
矢野監督は「どういう状況になっても俺たちの野球を見せていく」と変わらぬ姿勢を強調するが首脳陣、選手ともに勝負どころでの経験不足は否めない。
前半戦の快進撃を支えた佐藤輝も出番があるかないかの状況。92年の荒木大輔と2021年の高橋遥人はもちろん違う。29年前とは時代もメンバーも違う。だが、雌雄を決めるシーズン終盤、ここで力を発揮できるチームが強者ということは自明の事実だ。
13日を終えた時点で首位・ヤクルトは12試合、追う阪神は9試合を残している。現時点で2.5ゲーム差あり、引き分け数の多いヤクルトが有利な状況は否めない。だが、直接対決が2試合残っている。
「92年、あれだけ最後まで頑張ったのに、甲子園でヤクルトに目の前で胴上げを見せられた。スタンドの阪神ファンがヤクルトの胴上げに『帰れ』コールしていたな。あんな光景は後輩たちには経験してほしくない」(当時を知る阪神OB)
阪神にとっては92年のリベンジ、16年ぶりのリーグ優勝、36年ぶりの日本一と夢を膨らませ続けたシーズン。最後の最後に勝負の神は燕と虎のどちらを選ぶのだろうか。
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