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【球史に名を残した偉人達】神様ベーブ・ルース

2018 1/4 15:02cut
ベーブ・ルース
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ボルチモアで野球人生が始まった

「野球の神様」ことベーブ・ルース選手。野球に興味のない方でも、この名前を知らない人はいないであろうという人物でもある。ベーブ・ルース選手は1948年に亡くなっているが、アメリカ野球殿堂入りも果たしている歴史的な人物だ。

ニューヨークからおよそ300キロほど南下したボルチモアで生まれたベーブ・ルース選手。その生家は2017年現在、博物館となっており毎日多くの観光客が訪れる。ボルチモア・オリオールズの本拠地であるオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズからも徒歩圏内にあることで、試合観戦と合わせて足を運ぶファンも多い。

若かりし頃のベーブ・ルース選手は優等生ではなく問題児であった。そのため、セントメアリー少年工業学校(孤児院)に送られている。そこで、野球を覚えたことがきっかけとなり、野球の神様となったのだから人生はわからない。

この学校で野球を覚えエースとして活躍していたベーブ・ルース選手は、1914年にマイナーリーグのスカウトに認められ契約を果たす。その際のチームはボルチモア・オリオールズであった。(現在のボルチモア・オリオールズとは無関係)

マイナーリーグでプレーしていたベーブ・ルース選手は、程なくしてボストン・レッドソックスへとトレードされ、メジャーリーガーとしての第一歩を踏み出すことになる。このときベーブ・ルース選手は19歳だった。

MLB史上唯一の二ケタ勝利、二ケタ本塁打を達成!

ベーブ・ルース選手はホームランバッター、そして投手もこなす「二刀流」として知られている。しかし、デビュー当初はほぼ投手一本だった。レッドソックスへ移籍して2年目となる1915年には32試合に登板し18勝8敗、防御率2.44の成績を残し投手陣を支えている。この年は、打者としても打率.315(92打数29安打)、4本塁打、20打点の成績を残しているが、打席数の少なさからも投手メインの起用だったと言える。
大きく取り上げられたのは1918年で、メジャーリーグ史上唯一となる二ケタ勝利(13勝)、二ケタ本塁打(11本塁打)を達成したのだ。この記録は、2014年に日本でも話題となった。北海道日本ハムファイターズの大谷翔平選手が、11勝10本塁打を達成した際に引き合いとして出されたのだ。
この打者としての活躍もあり、ベーブ・ルース選手の起用法が変わってくる。投手メインから野手メインへの変化が起きるのだ。

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