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WS・MVP獲得!MLBでの松井秀喜選手【球史に名を残した偉人達】

2017 6/30 12:56cut
松井秀喜
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ニューヨーク・ヤンキースでの初年度

星稜高校、読売ジャイアンツで活躍した松井秀喜選手は2002年オフに海外FA権を行使し、アーン・テレム氏を代理人として起用しニューヨーク・ヤンキースを中心とした交渉を行う。松井選手のヤンキースへの思いは実り、年越しせず12月半ばに3年総額2100万ドルの契約を締結。晴れて、メジャーリーガーの松井選手が誕生した。

松井選手は初年度(2003年)から期待され、開幕戦から5番左翼でスタメン出場。第1打席で適時打を放ち開幕カードで3試合連続打点を挙げるなど、期待に応えるスタートを切った。

本拠地開幕戦である4月8日(現地時間)のミネソタ・ツインズ戦では、メジャー初本塁打を満塁本塁打で鮮烈なデビューを果たす。ダイヤモンドを一周しベンチに戻った後、ニューヨークのファンから大きな拍手を浴びた松井選手はベンチから飛び出し脱帽し、カーテンコールに応えている。

好調なスタートを切った松井選手だがその後は成績が下降。4月10日に打率.316だったものの6月4日には打率.250に低迷。それまで上位打線を任されていた松井選手は初めて7番に降格した。しかし、7番に降格したその日にメジャー移籍後初となる4安打(1本塁打含)を放つなど復調し、6月半ばには再び中軸に戻っている。

オールスターゲームにも出場するなど順調に過ごした1年目は、全163試合に出場し打率.287、16本塁打、106打点をマーク。新人王投票でも2位に入る活躍となった。

試合中の負傷により離脱した2006年

松井選手は2003年にメジャーリーグデビューを果たし、2005年シーズンまで全試合に出場。2005年には初の打率3割超えをマークした。辛辣なヤンキースファンから「ゴロキング」などと揶揄されることはあったが、そのヤジにも負けず結果を残したのだ。
しかし、2006年5月11日のボストン・レッドソックス戦で守備時に手首を負傷。試合を退くことになり、翌日からメジャーリーグ移籍後初の欠場となった。日本時代から続いていた連続試合出場記録が、1768で途切れることになった。
松井選手は手術、リハビリを経て9月12日のタンパベイ・レイズ戦で試合に復帰。復帰戦で4安打1打点をマークし復活を印象づけている。翌日からも欠場していた期間の遅れを取り戻すかのように松井選手は打ちまくり、シーズン終了までの19試合で打率.396(53打数21安打)、3本塁打、10打点の成績をマークした。
結局、この年はシーズンを通して規定打席に到達はしなかったものの打率.302(172打数52安打)、8本塁打、29打点となり翌年への期待を膨らませてくれている。

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