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WS・MVP獲得!MLBでの松井秀喜選手【球史に名を残した偉人達】


ニューヨーク・ヤンキースでの初年度

星稜高校、読売ジャイアンツで活躍した松井秀喜選手は2002年オフに海外FA権を行使し、アーン・テレム氏を代理人として起用しニューヨーク・ヤンキースを中心とした交渉を行う。松井選手のヤンキースへの思いは実り、年越しせず12月半ばに3年総額2100万ドルの契約を締結。晴れて、メジャーリーガーの松井選手が誕生した。

松井選手は初年度(2003年)から期待され、開幕戦から5番左翼でスタメン出場。第1打席で適時打を放ち開幕カードで3試合連続打点を挙げるなど、期待に応えるスタートを切った。

本拠地開幕戦である4月8日(現地時間)のミネソタ・ツインズ戦では、メジャー初本塁打を満塁本塁打で鮮烈なデビューを果たす。ダイヤモンドを一周しベンチに戻った後、ニューヨークのファンから大きな拍手を浴びた松井選手はベンチから飛び出し脱帽し、カーテンコールに応えている。

好調なスタートを切った松井選手だがその後は成績が下降。4月10日に打率.316だったものの6月4日には打率.250に低迷。それまで上位打線を任されていた松井選手は初めて7番に降格した。しかし、7番に降格したその日にメジャー移籍後初となる4安打(1本塁打含)を放つなど復調し、6月半ばには再び中軸に戻っている。

オールスターゲームにも出場するなど順調に過ごした1年目は、全163試合に出場し打率.287、16本塁打、106打点をマーク。新人王投票でも2位に入る活躍となった。

試合中の負傷により離脱した2006年

松井選手は2003年にメジャーリーグデビューを果たし、2005年シーズンまで全試合に出場。2005年には初の打率3割超えをマークした。辛辣なヤンキースファンから「ゴロキング」などと揶揄されることはあったが、そのヤジにも負けず結果を残したのだ。
しかし、2006年5月11日のボストン・レッドソックス戦で守備時に手首を負傷。試合を退くことになり、翌日からメジャーリーグ移籍後初の欠場となった。日本時代から続いていた連続試合出場記録が、1768で途切れることになった。
松井選手は手術、リハビリを経て9月12日のタンパベイ・レイズ戦で試合に復帰。復帰戦で4安打1打点をマークし復活を印象づけている。翌日からも欠場していた期間の遅れを取り戻すかのように松井選手は打ちまくり、シーズン終了までの19試合で打率.396(53打数21安打)、3本塁打、10打点の成績をマークした。
結局、この年はシーズンを通して規定打席に到達はしなかったものの打率.302(172打数52安打)、8本塁打、29打点となり翌年への期待を膨らませてくれている。

ワールドシリーズMVPも契約延長はなし

松井選手の契約最終年となった2009年シーズン。142試合に出場し打率.274、28本塁打、90打点の成績を残しポストシーズンに挑むことになる。この時点で、契約の更新には至っておらず、最後のアピールの場としてポストシーズンが残っていた。

ツインズとのディビジョンシリーズ、ロサンゼルス・エンゼルスとのリーグチャンピオンシップと打率2割台に終わり大きな活躍はできなかった松井選手。ヤンキースとして戦う舞台はワールドシリーズのみとなった。その相手はフィラデルフィア・フィリーズ。

大事な初戦は左腕エースであるクリフ・リー選手にヤンキース打線は封じられ1-6と完敗。初戦はリー選手の前に1安打に終わった松井選手だが、第2戦ではペドロ・マルティネス選手から本塁打を放つなど3打数2安打の活躍を見せ3-1でチームも勝利。1勝1敗のタイに戻す。

3戦目はフィリーズの本拠地での一戦とあり、指名打者が起用できないこと、先発が左腕のコール・ハメルズ選手ということもありスタメンから外れた松井選手。その出番は、7-4と3点リードで迎えた8回表に訪れた。カウント1ボール1ストライクからの3球目を一振りすると打球は左中間スタンドに飛び込むこのシリーズ2本目の本塁打となる。

第4戦は代打で凡退したものの、第5戦は代打で安打を放った松井選手はヤンキースタジアムに戻った第6戦でスタメン出場を果たす。この試合で松井選手は3安打、1本塁打、6打点の活躍を見せ7-3でフィリーズを下す原動力となった。この勝利でヤンキースはワールドチャンピオンに輝き、初めて松井選手はチャンピオンリングを手に入れている。

松井選手ワールドシリーズ成績 打率.615/3本/8打点

セレモニーではワールドシリーズMVPにも選ばれた松井選手は、日本人でワールドシリーズMVPに輝いた最初の選手となった。しかし、ヤンキースは松井選手と再契約を行うことはなく、これがヤンキースでの最後の勇姿となってしまう。

エンゼルスで結果を残せず再び移籍先探しへ

ワールドシリーズMVPに輝いた1ヶ月半後の12月半ばに松井選手はロサンゼルス・エンゼルスと1年契約を結ぶ。イチロー選手が所属するシアトルマリナーズと同じくアメリカンリーグ西地区になった松井選手。レギュラーシーズンでの「イチローvs.松井」が増えることも日本のファンには期待されていた。
エンゼルスのユニフォームに身を包んだ松井選手は、開幕戦となったツインズ戦で本塁打を含む2安打とマルチ安打でシーズンをスタート。しかし、徐々に調子を落とし4月を打率.273、4本塁打、13打点と及第点の成績に終わる。
その後、シーズン終盤に調子を上げるが1年を通じて低調に終わり、再契約には至らず再び移籍先を探すことになった。
日本時代の松井選手を知るファンからは、2年連続で所属チームを探すことになる松井選手に驚きを感じる声も挙がっていた。

衰えが見え隠れした現役晩年

松井選手が2011年、ヤンキース、エンゼルスに次いで所属することになったのは「マネーボール」でもおなじみのオークランド・アスレチックスだった。アスレチックスでの松井選手は指名打者としての出場がメインではあったが、インターリーグ(交流戦)では左翼の守備にもついている。守れることもアピールし翌年の契約に繋げたかった松井選手ではあるが、打撃面が打率.251、12本塁打、72打点と低調な成績に終わり、三度(みたび)シーズン終了後にFAとなっている。

翌2012年にはシーズン開幕後もチームは決まらず引退も囁かれていた。最終的にタンパベイ・レイズと4月末にマイナー契約を結び5月末にメジャー昇格。その初戦となったシカゴ・ホワイトソックス戦で本塁打を放つなど力が衰えていないことを証明し、スタメンを勝ち取った。しかし、その後、調子は上がらずに7月末で戦力外。移籍期限となる8月31日まで移籍先を模索するが獲得されることはなかった。

その後、正式な引退表明は行っていなかった12月27日に引退会見を開き正式に現役引退を発表。20年間にわたる現役生活にピリオドを打った。この引退には各界から労いの言葉が多数送られ、改めて松井選手の偉大さを感じさせてくれた。

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