大阪、兵庫で感染者増加し状況悪化
第92回選抜高等学校野球大会を主催する毎日新聞社と日本高等学校野球連盟は3月11日、毎日新聞大阪本社で臨時運営委員会を開催し、大会中止を決定した。大正13年(1924年)から始まった選抜大会は、昭和17年(1942年)から同21年(1946年)まで太平洋戦争による中断があるが、開催が決定していた大会が中止になるのは史上初となる。
1時間40分に渡る話し合いの末に下された決断を「断腸の思いだった」と話したのは丸山昌宏大会会長。決断の最大の理由は、やはり選手の健康と安全の確保だった。
「国内での感染者は増え続けるなど感染を巡る環境は予断を許さず、選手たちが安心して甲子園でプレーできる環境を現段階では確保するのが難しいというのが理由です」(丸山会長)。
ちょうど1週間前の4日には無観客で開催する方向性を示していた。正式な決定を11日に設けたのは、2月26日に政府から、2週間は全国的な大規模イベントを自粛するよう要請があり、その発表からちょうど2週間経過した日だったからだ。だが、この1週間で事態は大きく変わった。
選手らを受け入れる宿舎は甲子園のおひざ元である兵庫県、大阪府に集中する。1週間前は2府県でコロナウイルス感染者が計20人ほどだったが、11日時点で計100人を超えた。専門家会議によると、ウイルス感染の国内流行は長期化するとの見方が出ているという。
徹底した感染防止策を準備してきたが…
開催に向けては、関係者もこの1週間奔走してきた。まずは感染防止策。出場校の派遣人数を1校27名とし、大会関係者やメディアの人数も最小限にし、濃厚接触の可能性が高まる密閉空間で大人数が密集する機会をできるだけ避けること。大会に関わる全員のうがい、手洗い、マスク着用、咳エチケットを徹底することなどを概要に盛り込んだ。
また、球場内では出入り口で全入場者の検温と手のアルコール消毒を実施。37.5度以上の発熱者やマスクを装着していない者の入場を禁じ、球場入り口、ベンチやベンチ裏、審判控室など12か所に消毒液、ベンチ裏や控室に除菌効果があるオゾン脱臭機を計17台設置することも決めていた。
選手の移動のバスや宿舎には消毒液を設置。食事は一般客と別の会場での提供をお願いし、マスクの配布や1日2度の検温の実施など細かい取り決めを元に大会を開催する準備を進めてきた。専門家からもこの1週間の間に情報を集め、現状をこまめに把握。ぎりぎりの期日までに考えうる限りの感染防止対策を準備してきた。
練習不十分でケガのリスクも
ただ、政府からの先月末の一斉休校の要請により練習ができない学校も多く、準備不十分のまま大会を行うことで、選手のケガへのリスクも懸念された。
高校球児たちに憧れの舞台で何とかプレーをさせてあげたいと期日ギリギリまでの模索が続いたが、主催者側も「選手をはじめ、学校関係者や保護者の方など出場を楽しみにされていた皆様には申し訳ないです」と複雑な思いを明かした。
八田英二日本高野連会長も「選手らの健康、安全が第一。最大限に注視した上での判断でした。選手たちは悔しい思いをしていると思います。ただ、高校野球は学校教育の一環。選手たちの健全な発展に寄与していきたい」と神妙な面持ちで語った。
救済措置は「日々の状況を見ながら審議」
9日にはNPBがプロ野球の公式戦の開幕延期を発表した。これを受け、小倉好正事務局長は「高校野球は切り離して検討します」とコメントしていた。プロ野球は興行であり、観客を動員しての開催を前提として決断したからだ。高校野球は既に無観客での開催へ向け検討しており、あらゆる手段を念頭に何とか球児たちの出場への気持ちを汲み取りたいという思いももちろんあった。
一部では「なぜ4日に決断せず11日にしたのか。遅すぎるのではないか」という指摘もあったが、これは前述の通り、何とか夢の舞台に選手達を招待したいという主催者の熟考を重ねた結果だ。他競技の高校スポーツの大会が早々に中止を決定する中、選手らに寄り添った結果だったとも言える。
9年前にも東日本大震災により、センバツ開催が危ぶまれた。未曾有の大災害の上、電力不足などもあり「野球どころじゃない」という厳しい声の中で開催を決め、球児たちのはつらつとしたプレーで、結果として沈みがちだった世の中に希望を与えた。
だが、今回は状況が違う。選手らの身にいつ降りかかるのか分からない“見えない敵”を前に、刻一刻と状況が悪化する中、やはり選手たちの命、そして安心度を懸念した上での苦渋の決断だった。
今回の決定により、出場32校への夏へ向けた部分も含めた救済措置に関しては、これから検討するという。「センバツ出場校が夏の甲子園出場に優遇される措置は取れないのか」など、SNS上ではコメントが上がっているが、そもそも現時点では感染拡大が続くなど事態が収束する気配すら見えず、「日々の状況を見ながら審議していくしかないです」と関係者は話すにとどめた。
智弁和歌山・中谷監督「切り替える」
出場校の監督からは複雑な思いが聞かれた。このセンバツで6季連続の甲子園出場を決めていた智弁和歌山の中谷仁監督は、全体練習を終えたタイミングで中止決定の一報を受けたという。
「野球に限らず、他のスポーツも中止や延期になっている中での判断。残念ですが、オリンピックにも影響が出るかもと言われている中、仕方がないです。この1週間、開催に向けギリギリまで検討いただいた高野連の方には感謝しかないです」と述べた。
選手らを集め、結果を知らせた際は大きな動揺は見られなかったという。「むしろ、最近の報道を見ていて、ある程度覚悟していた生徒もいたかもしれません。最後に“このメンバーで夏の甲子園で必ずプレーできるようにしような”と話しました。逆境に強い子ばかりなので、これから切り替えてやっていきます」と語気を強めた。
ギリギリまで見せた「大人の配慮」
4日の会見で、八田英二会長は「中止と言えばそこで終わり。ギリギリまで検討する」と口にしていた。開催を匂わせた会見だったため「他競技は中止なのに高校野球だけ特別なのか」「(4日から11日までの)1週間で事態が良くなるとは思わない」など厳しい意見が相次いだ。
だが、高校野球はまったく特別ではないとは言い切れない。高校野球がもたらす注目度、そして甲子園という舞台があまりにも大きく、「夢」という域を超えているからだ。その舞台に1人でも多くの球児を立たせてあげたいという“大人の配慮”を最後まで見た気がした。
他競技が軒並み中止になり、そこに合わせろという“同調圧力”ではなく、どこまで拡大するか分からない“見えない敵”の恐ろしさも痛感した今回の判断だった。
ただ、出場を予定していた選手に「切り替えて夏に頑張れ」とは現時点ではとても言えない。周囲の大人が選手らの心に寄り添い、半歩ずつでも前に進んでいけるよう、報道する者として祈るばかりだ。
新型コロナウイルス感染拡大による影響まとめ