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9年連続甲子園出場を果たした作新学院野球部の歴史

2019 8/15 17:30SPAIA編集部
イメージ画像ⒸmTaira//Shutterstock.com
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1962年の甲子園春夏連覇や「怪物」江川卓を輩出した栃木県の作新学院野球部は、夏の選手権大会は2011年から2019年まで9年連続で出場している。3年前の夏にも優勝した全国屈指の強豪校の歴史を紹介する。

1958年に甲子園初出場

作新学院の甲子園初出場は、1958年夏の選手権大会。初出場ながら、3回戦でその年の春のセンバツで優勝した熊本県の濟々黌に2-1で逆転勝ちすると、準々決勝も香川県の強豪・高松商を延長11回、2-1で振り切る。

迎えた準決勝は徳島商。エースの板東英二から14個の三振を奪われ、1-4で敗れた。ちなみに板東英二は大会83個の奪三振記録を作っている。

1962年、史上初の春夏連覇

1962年の甲子園は作新学院のものだった。エースの八木沢荘六、リリーフの加藤斌の活躍で春のセンバツで初優勝。夏の選手権も大本命だった。エースの八木沢が大会直前に赤痢にかかるアクシデントに見舞われたが、大会前にアンダースローに転向した加藤が代役を務めた。

苦しみながらも準決勝まで勝ち進むと、中京商に2-0、決勝も久留米商に1-0で連続完封勝ちし、史上初の春夏連覇を飾った。加藤は中日入団後、交通事故で不慮の死を遂げた。八木沢はロッテで選手として活躍した後、監督、コーチとして多くの名投手を育てた。

「怪物」江川卓を擁して甲子園へ

1973年の春のセンバツは、作新学院のエース江川卓が話題を独占した。開会式直後の第1試合、相手も地元大阪代表で優勝候補の北陽ということもあり、甲子園は超満員の観衆で埋まった。

プレーボールから江川はエンジン全開、4回2アウトまで11人の打者を全て三振という離れ業を演じ、結局19三振を奪って2-0で完封勝利。続く小倉南戦は8-0の大勝、準々決勝の今治西戦でも20三振を奪い完封勝ちした。

準決勝で試合巧者・広島商に1-2で敗れたが、4試合で60奪三振のセンバツ記録を作った。江川はプロ入りまで紆余曲折あったが、巨人入団後は、エースとして選手生活9年間で8度の二桁勝利、最多勝も2度獲得している。

低迷期からの復活の兆し

1979年の春のセンバツに出場した後、栃木県予選は熾烈を極める。高校野球ファンにはお馴染みの宇都宮学園(現文星芸大付)や佐野日大などのライバル校の前に、作新学院は甲子園から遠ざかった。

次に甲子園に出場したのは2000年春のセンバツ。21年ぶりの出場となった作新学院はベスト8に進出し、その後も2004年春のセンバツと2009年の夏にも甲子園出場を果たした。

今井達也を擁して54年ぶりの甲子園制覇

2010年代になると、作新学院は黄金期に突入する。2011年夏の甲子園ベスト4、2012年夏の甲子園ベスト8、さらに2016年夏の甲子園では、後に西武にドラフト1位指名される今井達也の好投で、強豪校を次々と撃破。準決勝で高知県の明徳義塾を10-2、決勝の南北海道代表・北海戦も7対1で圧倒し、54年ぶりの甲子園制覇を果たした。

大会前は横浜・藤平尚真(楽天ドラフト1位)、履正社・寺島成輝(ヤクルト・ドラフト1位)、花咲徳栄・高橋昴也(広島ドラフト2位)の3人が「BIG3」と言われていたが、大会後は今井達也を含め「BIG4」と呼ばれるまでになった。

2019年夏、アベック優勝なるか

2019年、101回目の夏は初戦(2回戦)で筑陽学園を破る好スタートを切った。3回戦の相手は初戦で古豪・広島商を破った岡山学芸館。作新学院は女子硬式野球部が初の全国制覇を果たしたばかりだけに、アベック優勝に向けて負けられない戦いが続く。

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