「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

2016年夏の甲子園を制覇!作新学院高校野球部の歴史

2017 3/29 18:30出井章博
野球
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by mTaira/shutterstock.com

1962年の甲子園春夏制覇に加え、昭和の怪物江川卓氏を輩出した栃木県の伝統校作新学院高校野球部は、夏の選手権大会は2011年から2016年まで6年連続甲子園出場している。2017年春のセンバツも登場。全国屈指の強豪校となった作新学院高校野球部の歴史を紹介する。

1958年に甲子園初出場した作新学院高校

作新学院高校の甲子園初出場は、1958年の夏の選手権大会だ。作新学院高校は初出場ながら、3回戦で、その年の春のセンバツ高校野球で優勝した熊本県の濟々黌を2対1で逆転勝ちすると、準々決勝も強豪香川県の高松商を延長11回の試合を2対1でもぎ取る。
迎えた準決勝は、徳島県の徳島商業。徳島商のエースは板東英二氏で、作新学院高校は14個の三振を奪われ、1対4で敗れた。ちなみに板東英二氏はこの大会83個の甲子園の奪三振記録を作っている。

1962年春夏連覇した作新学院高校

1962年の甲子園は、作新学院高校のものだった。エースピッチャーの八木沢荘六氏、リリーフエースの加藤斌氏の活躍で春のセンバツ高校野球で初優勝した作新学院高校。夏の選手権大会も大本命だった。しかし、エースの八木沢氏が大会直前に赤痢にかかるアクシデント。大会前にアンダースローに転向した加藤氏がエースピッチャーとして戦った。
苦戦しながらも準決勝に勝ち進んだ作新学院高校は愛知県の中京商に2対0の完封勝利、決勝も福岡県の久留米商に1対0で完封。史上初の春夏連覇を飾った。加藤氏は中日ドラゴンズ入団後交通事故で不慮の死を遂げた。八木沢氏はロッテで選手として活躍した後、名伯楽として多くの名投手を育てた。

おすすめの記事